12年目の恋物語

「羽鳥先輩」



図書館の閲覧室。

その窓際に置かれたテーブルで、羽鳥先輩は分厚い本を開いていた。



「あ、ハルちゃん」

「こんにちは」



小声で挨拶すると、先輩はにっこりと微笑む。

眼鏡の奥の切れ長の目が、スッと細くなり、優しい印象になる。



「こんにちは」



羽鳥先輩は読んでいた本にしおりを挟むと、隣の席を勧めてくれた。

テスト前でもなく、閲覧室には人はほとんどいない。



「本、ありがとうございました」



お借りした文庫本をテーブルに置く。



「あれ、もう読んだの?」



早いね、と羽鳥先輩は笑う。



「はい。面白くて」

「だよね?」



羽鳥先輩は嬉しそうに、そう言ってから、今度は、申し訳なさそうに続けた。



「って言うか、ごめんね」

「なにがですか?」

「具合が悪くて寝込んでるのに、本なんか届けちゃって」

「いえ、ぜんぜん大丈夫です。本当に辛い時は、読めないし」

「そりゃ、そうだ」



羽鳥先輩の笑顔がまぶしい。

先輩は、窓の外に目をやる。

図書館の向こうには緑が広がっている。



「外行こうか?」



それは、ちょっとおしゃべりしようか、という合図。

挨拶や用を済ますくらいならともかく、図書館で長話は非常識だ。



「はい」



わたしは、こくりと頷いた。



誰かと、話したかったのかも知れない。



カナのことを知らない人と……。


 
もしかしたら、中等部からの先輩だから、カナのことも知っているかも知れないけど。



それでも、きっと、羽鳥先輩なら、何の先入観もなしに、わたしと話してくれる気がしていた。