「叶太?」



兄貴の不審げな声に、オレはなんと答えたのか覚えていない。



何か、言い訳めいたことを口走った気がする。



目に入る景色は、まるで真っ白な霧がかかったように遠くて。



なのに、兄貴の気の毒そうな表情だけは、はっきりと見えた。



違う!



オレとハルの話じゃない!



そう主張したかった。

でも、表情だけじゃなく、思考能力も完全にフリーズしてしまったらしいオレは、心の中で、



「違う! そんなんじゃない!」



とくり返すしかできなかった。



そうして、まるで自分のものとは思えない手足を、交互にひたすら動かして、いつもの十倍は遠く感じる自分の部屋へと向かった。



とにかく、その場を離れなければと思った。



今すぐに、この、とんでもないことを言い出す兄貴の側から離れなければ、と思った。



そうしなければ、言われた言葉が現実になってしまうのではないか、そんな思いに襲われた。



違う。

違う。

違う。



ハルが、他の男を好きになったなんて!!



そんなこと、あるはずない!



そう自分に言い聞かせようとしながら、

何とか別の回答を探そうとしながら、

堂々巡りを続けたオレは、最後にようやく気が付いた。