12年目の恋物語


気持ちがよかった。



生まれて初めての風を切る感触。

足の裏の衝撃。

肩の上で、揺れ、跳ねる髪の毛。



走れるじゃない!



はるなだって、走れるよ、ママ!



すごい!!



そう、思ったのに。

現実は、あっという間にやってきた。



急激に色を失った景色。



骨を割って、肉を裂いて、胸に手を入れて、心臓を握りつぶされるかと思うような、壮絶な痛み。



痛い!

なんて、そんな言葉じゃ表せないほどの苦痛。



スローモーションで、どんどん近づいて来る、地面。



ひざを突き、片手を着いたときの、土の感触。



息ができなくて、苦しくて、丸くなった。



胸をかきむしるように押さえて、丸くなった。



「ハルちゃん!!」



遠くに声が聞こえた。



ああ。
 


「ほら、来いよ」



そう言った男の子の声。



わたしの手から、ゴールテープを取っていった男の子の声。



どこかで聞いた声。



あまりに慣れ親しんだ、その声。



ああ、そうか。



……カナの声だ。



声を思い出すと、顔もいきなり鮮明になった。



「ハルちゃん、一緒に走ろう!」



そう言った男の子の顔。



ああ、やっぱり、カナだ。



「ハルちゃん!」



泣きそうな、小さなカナの声が聞こえる。



「ハルちゃん!」



何人もの声が重なる。


やがて、大人の……先生の声も重なり、

永遠にも思えた苦痛は、

救急車のサイレンの音を聞きながら、意識とともに途絶えた。