気持ちがよかった。
生まれて初めての風を切る感触。
足の裏の衝撃。
肩の上で、揺れ、跳ねる髪の毛。
走れるじゃない!
はるなだって、走れるよ、ママ!
すごい!!
そう、思ったのに。
現実は、あっという間にやってきた。
急激に色を失った景色。
骨を割って、肉を裂いて、胸に手を入れて、心臓を握りつぶされるかと思うような、壮絶な痛み。
痛い!
なんて、そんな言葉じゃ表せないほどの苦痛。
スローモーションで、どんどん近づいて来る、地面。
ひざを突き、片手を着いたときの、土の感触。
息ができなくて、苦しくて、丸くなった。
胸をかきむしるように押さえて、丸くなった。
「ハルちゃん!!」
遠くに声が聞こえた。
ああ。
「ほら、来いよ」
そう言った男の子の声。
わたしの手から、ゴールテープを取っていった男の子の声。
どこかで聞いた声。
あまりに慣れ親しんだ、その声。
ああ、そうか。
……カナの声だ。
声を思い出すと、顔もいきなり鮮明になった。
「ハルちゃん、一緒に走ろう!」
そう言った男の子の顔。
ああ、やっぱり、カナだ。
「ハルちゃん!」
泣きそうな、小さなカナの声が聞こえる。
「ハルちゃん!」
何人もの声が重なる。
やがて、大人の……先生の声も重なり、
永遠にも思えた苦痛は、
救急車のサイレンの音を聞きながら、意識とともに途絶えた。



