吉住オーナーの店に来たのはこれが3度目になるが、本店は初めてだった。

 外装から既に支店とは雰囲気が全く違っており、かなりゴージャスな雰囲気であった。

 大人のお金を持った人しか入れそうにない、敷居が高そうな雰囲気は、高級クラブを思わせる外観のせいかもしれない。

 ところが、中に入ると、雰囲気ががらりと変わり、さわやかな明るいイタリアンの店になる。

 これでランチが2500円なら、ちょっと特別な日にいいかもしれないと思いながら、案内された低いテーブルを前に2人でソファに腰かけた。

 正面の畑山は、さっそくおしぼりで手を拭きながら、

「へえー……」

 と、天井を見渡している。

 既に準備されていたナイフとスプーンの他に、白いプリントが置かれ、本日のメニューや使っている食材が事細かく書かれていた。

「えっ!? 1,000円!?」

 思わず声に出ていた。

 前菜、自家製パン、パスタにデザートとドリンクでなんと破格の1,000円というのだ。

「これ、今日の値段ですか?」

 私は思わず畑山に聞いた。

「え、今日はタダでしょ? 違うの?」

 畑山は私のプリントを手に取り見ながら、

「設定価格1000円だから、今日じゃないね……。でもまた、思い切ったね。

さあ……、しばらくは1000円でいくだけなのか、1000円程度の物なのか、1000円で本当にできるのか」

「だって、夜の感じで昼1000円だったら、並びますよ、絶対」

「あそう?」

「うん、安い。美味しい。綺麗」

「まだ出てないけど」

 畑山は笑いながらプリントを返した。

「えー、すごい。私、ここに入った瞬間、2500円だと思いました」

「入って値段が分かるんだ」

「まあ、ランチくらいならそこそこ行ってますから」

「今日は一緒に来てもらって、本当良かったな」

 まだ何も言ってないし、食事も出ていないが、畑山は機嫌よさそうに笑った。

 かくして、次々と順序よく出てきた料理は実際はどうだったのか。

「あー! サラダの人参、星になってます! こういうのは夜はいらないかもしれないけど、昼はいるかもしれない」

「へー、よく分からないけど」

 畑山は笑いながら、も「確かに1000円は安いな」と納得しながら続けて食べた。

「あ、デザート多い!」

「それはマイナスなの?」

「いえ、これは絶対条件です。デザート多いの」

「あそう」

 デザートはしっかりしたシフォンケーキと生クリームがついてくる。

 いろどりにフルーツも添えて、バッチリだ。

「これ、何で1,000円なんでしょう」
 
 私は、ゆっくり舌で味わいながら畑山に聞いた。

「やっぱ夜の分で仕入れが安いんじゃない? 人件費もシフトでどうにかなるんだろうし。広告宣伝費もいらないからね」

「これ、支店の方でもしてほしいですね。でも並びますよー、絶対。けど、予約制になるともったいないですしねえ、数回さないといけないし」

「そうだね。でも、薄利多売になると、なんか雰囲気壊れないかな」

「そうですね……。だけど、夜来られない人はいいかもしれない。そう、夜来られない人用なんじゃないですかね。そして、更に1000円で昼来てもらって、夜もって流れとか。

……すごい! 美味しい! 」

「お褒め頂いてありがとうございます」

 背後からゆっくりと現れたのは、本日はオーナーではない男性従業員であった。

「畑山様、いらっしゃいませ」

「すごいね、1000円。大絶賛だよ」

 畑山の合図に合わせて、私は背の高い、茶髪のベテランそうな従業員に笑いかけた。

「完全女性目線ですが、男性はどうでしょう?」

「とにかく、安くてうまいね。若い子でもデートにはもってこいかもしれない。けど年齢が下がると雰囲気が心配だけど」

「昼は昼で雰囲気を変えるというのがもともとの狙いでもあります。客層を広げるのが目的ですからね」

「そうなんだ」

「私、サラダの人参が星になってるのすごいと思いました。1000円でそこまで凝ったランチってありません」

「ありがとうございます。女性従業員のアイデアでして。少し手間をかけてできることならやろうと言ってくれまして。そこを評価して頂いて大変光栄です」

 従業員は優しく微笑んでくれる。

「あと、デザートもちゃんとしたケーキが出て驚きました」

「従業員の実家でケーキ屋さんをしている方がおりまして、そこで安く仕入れることができたものですから。でなければやはり、ムースか、プチケーキが限界だったでしょうね」

「採算度外視?」

 畑山は聞いた。

「いえ、採算はきちんととれています。そんな、度外視なんてオーナーはしませんよ」

「ちゃんとしてるからなあ」

 畑山は笑った。

「すごいすごいー、大満足です」

「この、ドリンクのおまかせって何? 僕コーラーだけど」

 畑山はおまかせにして、コーラーが出ていた。

「実は、当日のお洋服と同じ色のジュースが付きます」

「えー!? 嘘、ほんとですか!? たとえば黄色ならなんです?」

「コーラ、ラムネ、レモンスカッシュ、ストロベリー、青りんごの5種類で対応します」

「うわー、じゃあ私、今日黄色のカーディガンだから、レモンスカッシュですか?」

「そうですね。おまかせを選んで頂いておりましたら、本日のお洋服に合わせていただきました、と一言添えて、お出しします。今日はご説明を兼ねるつもりで、言いませんでしたが」

「えーもーすごいー……」

 溜息をつきながら、しばし、従業員を見つめて、アイデア満載の1000円ランチに酔った。

「柏木君、色目使わないように」

 畑山が少し顎を上げて、指示する。

「大変申し訳ありません。では、ごゆっくり」

 柏木は、笑いながら、テーブルを去っていく。

「良いコメント、ありがとう」

 畑山は、顔を寄せ、小さな声で言った。

「いえっ、本当に良いランチでした。すごく素敵。吉住さん、素敵だなあと思いました」

「なんか方向ずれてるけど」

 畑山は困り顔で言う。

「えっ、そうですか? 今日はお会いできなくて、本当残念ですね!」