ジストは腕の戒めを解くと、壁に刺さったままだった小太刀を抜いた。
何故そんなものを、というエナの視線に気付いた彼は「ああ、弾切れなんだ」と王子様的コートの下に仕舞われたままの銃を指差す。
それは此処に辿り着くまでに、少なからず交戦があったということだ。
足手纏いにはなりたくないと言いながら、仲間を危険に晒しているのは他でもない自分だ、とエナは唇を噛み締めた。今はそんな反省をしている場合ではないけれど。
「……さあて」
エナの頭を軽く撫でながらジストは一歩進み、彼女を庇うように前に立つ。
――ぞくり。
彼が背を向けた途端、全身が粟立った。
肌が感じたのはジストが纏う空気の急激な変化だ。
「俺の主(モノ)に手ぇ出したんだ。覚悟はいいな?」
笑っていることがわかるというのに、どこか凄みを感じさせる低い声音。
滲み出る熱は、縄張りを荒らされた者の独占欲かはたまた闇屋としてのプロ意識か。
ただそれがただならぬ戦慄を生み出したことは確かだ。
隻眼の男もまた口許に笑みを乗せているが、目には緊張が走る。
「零の鬼石の所有者にうまく取り入ったもんだな。だがしかし、零の鬼石は歴史を創る者の傍にこそ相応しい。亡霊、貴様は遠の昔にその表舞台から逃げたはず……零の鬼石はおろか壱の稀石(イチノキセキ)も貴様に持つ資格は無い。渡してもらうぞ」
根深い確執を匂わせる言葉はしかし、鍵となっている単語が何を示しどんな意味を持つかを知らない者にとって正しく読み解くことは難しい。
エナは胸元の水晶に触れる。
――零の鬼石……取り入るって、なに?
ふと、ジストと出会って間もない頃にこの石について尋ねられたことを思い出す。
“その水晶のこと、教えてね”
確か彼はそう言わなかっただろうか。
ジストが護衛の依頼を承諾してくれた時も激しい動きのせいで、水晶は胸元から顕になっていたような気がする。
後にも先にも水晶が話題に上ったのはそれきりですっかり忘れていたが、もしかしたらジストはこの水晶について何か知っているのかもしれない。
「何のことだかわからんが……」
ジストが今、どんな表情をしているのかがわからない。
嘯いているのか、それとも言葉通りの顔をしているのか――それがとても気になった。
仲間の口から出る言葉に嘘など捜したくないというのに。
「その良く動く口……」
ジストは小太刀を横に鋭く一閃させた。
男の首元――外套の一部がはらりと切れ、ジストがくつりと喉を鳴らし声を低く響かせる。
「――不愉快だな」
そこにあるのは怒気でもなく闘志でもなく、さりとて殺意でもなかったように思う。ジストはただ相手を捩じ伏せると決めただけだ。おそらく、不愉快という理由のみで。
その“決めただけ”が殺意よりも脅威だと感じるのは、彼が今まで生殺与奪の権利を握ってきた側だからだ。その意思が殺意よりも明確な死の宣告になることを、弱者は本能で嗅ぎ取る。
殺さずの約束を反故にするつもりだとエナは悟った。
ジストはこの相対する男が縁者であることを知っている。もしくは、気付いている。
再会を果たした、というふうではなかったから、お互いを深く知っているわけではないのだろうが、重要なのは、この現状の根本はジストの家族問題だということだ。そこにエナとの殺さずの条件は発生しない――わけではないが、ジストはそう思っている。それがわかる。
殺意が無い以上、殺そうと思っているわけではないのかもしれない。だが結果的に死んでしまっても彼はその命に頓着したりしないのだろう。
「ち……」
ちょっと待って、と手を伸ばそうとしたとき、ひゅ、と音が耳の横を通り抜けた。
――……え?
それは一呼吸、否、瞬きほどの時間でしかなかったのかもしれない。
今の今まで居たはずの場所にジストは居らず、数歩先のところで二人の外套の裾が広がった。刃が刃を滑る音が部屋を満たし、それは布を引き裂く音に取って代わる。
知らず吹き出た汗がエナのこめかみから伝った。
湧き出たのは恐怖。動物としての本能が告げる、この男たちの危険性。
迅(ハヤ)い、とか強い、とかという言葉では追いつかない。
脳を掠めたのは鮮烈な死の感覚。
何が起こったのかを知るにはエナの本能は恐怖に囚われ過ぎていた。
見たものを脳が処理しきれず、立ち尽くすしかない。それさえ、精一杯の行為。
我に返ったのは抱き寄せられ、片耳を大きな手で覆われたときだった。
押し付けられたジストの胸を通して聞きなれた発砲音が脳を揺らした。
一筋の煙があがり、硝煙の匂いが立ち込める。
「ああ、外しちゃったか」
体の内側から直接聞こえるジストの暢気な口調にどこか安堵を覚える。
エナが手を退けるとその向こう側では滾(タギ)る炎を思わせる緋色の瞳がジストを見据えていた。そのこめかみからは髪の色に似た液体が滲む。
壁に開いた穴にめり込む金の弾。
二つに裂けた外套のすぐ傍の床には小太刀が突き刺さっている。
「……弾切れだと、言わなかったか?」
男は手の甲で血を拭いながら憎々しげに言った。対するジストは実にあっけらかんとしたものである。
「そうだっけ?」
駄目だよ、簡単に人を信じちゃ、と彼は好意的に見える笑顔でそう答えた。
戦いの中においてさえ自分のペースを崩さない強者。その美しく傲慢な男の横っ面を――エナは思いっ切り殴り飛ばした。
「!?」
余程虚を突かれたのか、ジストの驚く表情はいつもの取って付けたようなものではなかった。目を見開き、絶句している。隻眼の男もまた似たような顔をしていた。
「エナちゃ……」
「今、頭狙った!」
エナは放った拳骨(ゲンコツ)以上に叩きつける勢いで怒鳴った。
勿論隻眼の男がそう簡単に殺されるわけがないこともわかっていた。
殺してはいけないという禁忌を持って戦えば危なくなるのはジストの方かもしれない。だから彼はその禁忌を手放したのだ。だが例えそうだとしても、兄弟の脳を躊躇いなく狙えてしまうのは駄目だとエナは思う。
兄弟喧嘩は愛情を持ってするものだ。
「……そうだね。最近の癖で、つい避けちゃったけど。それがなに?」
褪(サ)めた目で微笑むジストにエナは喉を上下させた。
先程の死の感覚が身体に纏わり付いて離れない。
けれど今言わないと彼はきっとわからない。
「やめてって、ゆったよね。あたし」
睨みつける。身体の芯が勝手に震えそうになるのを押さえ込んで。
「これは、俺個人の問題。エナちゃんとの契約外の話だよ」
ゆったりと、彼は言う。
聞き分けのない子どもを宥めすかすように。
エナは大きく一呼吸置いた。
命が等しく同じ重さだなんて思っていない。道をすれ違っただけの人間が仲間の命を脅かしたなら、エナ自身迷わず仲間の命を選ぶと断言出来る。
命の重さの比重は人に寄って異なる。
けれど、まあいいかで割り切っていいほど軽いものでは、決して無い。断じて、無い。
「でもあたし、黙ってらんない」
ジストの命への概念が余りにも酷薄であることを以前からエナは気にしていた。
無法者は、どうしたって人に恵まれない。
無法者には無法者しか集わないからだ。
正しく生きていたって裏切られる世の中、彼の周囲に絶対的な信頼が寄り添うことは難しい。
だから彼は不信感を根底に抱えて生きている。
エナはそれを取っ払ってしまいたかった。
彼以外の命にも温もりや重みがあり、生活があり苦悩や幸福があるということを本当の意味で知って欲しい――感じて欲しい。
せめて、兄弟の其れだけでも。
「あんたたちの間にどんな事情、あるのかなんてあたしにはわかんないけど。だけどあたしには、闇のお……じゃなくて、この片目だって、大切な仲間の。あんたの家族なんだ」
だからその命、奪わせない。
エナは、はっきりとそう告げた。
地下に居た女性の思念を共有してしまったことで、隻眼の男を全くの他人とは思えなくなってしまったことも理由としてある。
地下で感じた彼女の念は複雑に絡み合っていて一つ一つを理解するのは不可能だった。
けれど隻眼の男との対峙中に目が痛みを訴え、のたうちまわったあとに男を見たとき、彼女の念の残り香が表現した感情は明確な罪悪感だった。
その時エナは地下の女性が何者であったかを知ったのだ。心の痛みと共に。
「小娘……おまえ……」
隻眼の男の力を軽んじたように聞こえるエナの発言に、男は呻くように言葉を口の中で潰す。だが男のそんな感情の機微を気にする余裕はない。
ジストは普段、喜怒哀楽の楽以外の感情の起伏に乏しい。こちらが涙ながらに訴えたところで響くかどうか怪しい彼の心が判断を覆すに至るには、並大抵の説得では無理だ。
だから今、エナはジストの感情だけに向き合うことにする。
「血の繋がりになんの意味がある? 今まで関わりなかったんだ、居なくなったところで支障ないじゃない。むしろ、清々するね」
当然のことのように彼は言う。偽らざる彼の本音だ。
「……今まで関わりなかったんだから、血の繋がりの意味の有無なんて、ジスト、わかんないよね?」
今まで交わらない道を歩んできた二人の未来は未知数だ。円満な兄弟関係を築く可能性はジストの性格を見る限り高くなさそうだが、それでもそこにはきっと何らかの意味が生まれるはずだ。
一歩も引かない姿勢を眼差しで伝える。
やや、沈黙が流れる。
「……慈悲深いことで」
やがて彼はそう言って肩を竦めた。
思想に変化があったわけではないだろう。家族という繋がりに目覚めたわけでは決して無い。ただ今回は譲る気になってくれただけだ。
だがそれでもジストはエナの主張を受け入れた。エナちゃんらしいね、と侮蔑ともとれそうな、優しい苦笑を浮かべて。
何故そんなものを、というエナの視線に気付いた彼は「ああ、弾切れなんだ」と王子様的コートの下に仕舞われたままの銃を指差す。
それは此処に辿り着くまでに、少なからず交戦があったということだ。
足手纏いにはなりたくないと言いながら、仲間を危険に晒しているのは他でもない自分だ、とエナは唇を噛み締めた。今はそんな反省をしている場合ではないけれど。
「……さあて」
エナの頭を軽く撫でながらジストは一歩進み、彼女を庇うように前に立つ。
――ぞくり。
彼が背を向けた途端、全身が粟立った。
肌が感じたのはジストが纏う空気の急激な変化だ。
「俺の主(モノ)に手ぇ出したんだ。覚悟はいいな?」
笑っていることがわかるというのに、どこか凄みを感じさせる低い声音。
滲み出る熱は、縄張りを荒らされた者の独占欲かはたまた闇屋としてのプロ意識か。
ただそれがただならぬ戦慄を生み出したことは確かだ。
隻眼の男もまた口許に笑みを乗せているが、目には緊張が走る。
「零の鬼石の所有者にうまく取り入ったもんだな。だがしかし、零の鬼石は歴史を創る者の傍にこそ相応しい。亡霊、貴様は遠の昔にその表舞台から逃げたはず……零の鬼石はおろか壱の稀石(イチノキセキ)も貴様に持つ資格は無い。渡してもらうぞ」
根深い確執を匂わせる言葉はしかし、鍵となっている単語が何を示しどんな意味を持つかを知らない者にとって正しく読み解くことは難しい。
エナは胸元の水晶に触れる。
――零の鬼石……取り入るって、なに?
ふと、ジストと出会って間もない頃にこの石について尋ねられたことを思い出す。
“その水晶のこと、教えてね”
確か彼はそう言わなかっただろうか。
ジストが護衛の依頼を承諾してくれた時も激しい動きのせいで、水晶は胸元から顕になっていたような気がする。
後にも先にも水晶が話題に上ったのはそれきりですっかり忘れていたが、もしかしたらジストはこの水晶について何か知っているのかもしれない。
「何のことだかわからんが……」
ジストが今、どんな表情をしているのかがわからない。
嘯いているのか、それとも言葉通りの顔をしているのか――それがとても気になった。
仲間の口から出る言葉に嘘など捜したくないというのに。
「その良く動く口……」
ジストは小太刀を横に鋭く一閃させた。
男の首元――外套の一部がはらりと切れ、ジストがくつりと喉を鳴らし声を低く響かせる。
「――不愉快だな」
そこにあるのは怒気でもなく闘志でもなく、さりとて殺意でもなかったように思う。ジストはただ相手を捩じ伏せると決めただけだ。おそらく、不愉快という理由のみで。
その“決めただけ”が殺意よりも脅威だと感じるのは、彼が今まで生殺与奪の権利を握ってきた側だからだ。その意思が殺意よりも明確な死の宣告になることを、弱者は本能で嗅ぎ取る。
殺さずの約束を反故にするつもりだとエナは悟った。
ジストはこの相対する男が縁者であることを知っている。もしくは、気付いている。
再会を果たした、というふうではなかったから、お互いを深く知っているわけではないのだろうが、重要なのは、この現状の根本はジストの家族問題だということだ。そこにエナとの殺さずの条件は発生しない――わけではないが、ジストはそう思っている。それがわかる。
殺意が無い以上、殺そうと思っているわけではないのかもしれない。だが結果的に死んでしまっても彼はその命に頓着したりしないのだろう。
「ち……」
ちょっと待って、と手を伸ばそうとしたとき、ひゅ、と音が耳の横を通り抜けた。
――……え?
それは一呼吸、否、瞬きほどの時間でしかなかったのかもしれない。
今の今まで居たはずの場所にジストは居らず、数歩先のところで二人の外套の裾が広がった。刃が刃を滑る音が部屋を満たし、それは布を引き裂く音に取って代わる。
知らず吹き出た汗がエナのこめかみから伝った。
湧き出たのは恐怖。動物としての本能が告げる、この男たちの危険性。
迅(ハヤ)い、とか強い、とかという言葉では追いつかない。
脳を掠めたのは鮮烈な死の感覚。
何が起こったのかを知るにはエナの本能は恐怖に囚われ過ぎていた。
見たものを脳が処理しきれず、立ち尽くすしかない。それさえ、精一杯の行為。
我に返ったのは抱き寄せられ、片耳を大きな手で覆われたときだった。
押し付けられたジストの胸を通して聞きなれた発砲音が脳を揺らした。
一筋の煙があがり、硝煙の匂いが立ち込める。
「ああ、外しちゃったか」
体の内側から直接聞こえるジストの暢気な口調にどこか安堵を覚える。
エナが手を退けるとその向こう側では滾(タギ)る炎を思わせる緋色の瞳がジストを見据えていた。そのこめかみからは髪の色に似た液体が滲む。
壁に開いた穴にめり込む金の弾。
二つに裂けた外套のすぐ傍の床には小太刀が突き刺さっている。
「……弾切れだと、言わなかったか?」
男は手の甲で血を拭いながら憎々しげに言った。対するジストは実にあっけらかんとしたものである。
「そうだっけ?」
駄目だよ、簡単に人を信じちゃ、と彼は好意的に見える笑顔でそう答えた。
戦いの中においてさえ自分のペースを崩さない強者。その美しく傲慢な男の横っ面を――エナは思いっ切り殴り飛ばした。
「!?」
余程虚を突かれたのか、ジストの驚く表情はいつもの取って付けたようなものではなかった。目を見開き、絶句している。隻眼の男もまた似たような顔をしていた。
「エナちゃ……」
「今、頭狙った!」
エナは放った拳骨(ゲンコツ)以上に叩きつける勢いで怒鳴った。
勿論隻眼の男がそう簡単に殺されるわけがないこともわかっていた。
殺してはいけないという禁忌を持って戦えば危なくなるのはジストの方かもしれない。だから彼はその禁忌を手放したのだ。だが例えそうだとしても、兄弟の脳を躊躇いなく狙えてしまうのは駄目だとエナは思う。
兄弟喧嘩は愛情を持ってするものだ。
「……そうだね。最近の癖で、つい避けちゃったけど。それがなに?」
褪(サ)めた目で微笑むジストにエナは喉を上下させた。
先程の死の感覚が身体に纏わり付いて離れない。
けれど今言わないと彼はきっとわからない。
「やめてって、ゆったよね。あたし」
睨みつける。身体の芯が勝手に震えそうになるのを押さえ込んで。
「これは、俺個人の問題。エナちゃんとの契約外の話だよ」
ゆったりと、彼は言う。
聞き分けのない子どもを宥めすかすように。
エナは大きく一呼吸置いた。
命が等しく同じ重さだなんて思っていない。道をすれ違っただけの人間が仲間の命を脅かしたなら、エナ自身迷わず仲間の命を選ぶと断言出来る。
命の重さの比重は人に寄って異なる。
けれど、まあいいかで割り切っていいほど軽いものでは、決して無い。断じて、無い。
「でもあたし、黙ってらんない」
ジストの命への概念が余りにも酷薄であることを以前からエナは気にしていた。
無法者は、どうしたって人に恵まれない。
無法者には無法者しか集わないからだ。
正しく生きていたって裏切られる世の中、彼の周囲に絶対的な信頼が寄り添うことは難しい。
だから彼は不信感を根底に抱えて生きている。
エナはそれを取っ払ってしまいたかった。
彼以外の命にも温もりや重みがあり、生活があり苦悩や幸福があるということを本当の意味で知って欲しい――感じて欲しい。
せめて、兄弟の其れだけでも。
「あんたたちの間にどんな事情、あるのかなんてあたしにはわかんないけど。だけどあたしには、闇のお……じゃなくて、この片目だって、大切な仲間の。あんたの家族なんだ」
だからその命、奪わせない。
エナは、はっきりとそう告げた。
地下に居た女性の思念を共有してしまったことで、隻眼の男を全くの他人とは思えなくなってしまったことも理由としてある。
地下で感じた彼女の念は複雑に絡み合っていて一つ一つを理解するのは不可能だった。
けれど隻眼の男との対峙中に目が痛みを訴え、のたうちまわったあとに男を見たとき、彼女の念の残り香が表現した感情は明確な罪悪感だった。
その時エナは地下の女性が何者であったかを知ったのだ。心の痛みと共に。
「小娘……おまえ……」
隻眼の男の力を軽んじたように聞こえるエナの発言に、男は呻くように言葉を口の中で潰す。だが男のそんな感情の機微を気にする余裕はない。
ジストは普段、喜怒哀楽の楽以外の感情の起伏に乏しい。こちらが涙ながらに訴えたところで響くかどうか怪しい彼の心が判断を覆すに至るには、並大抵の説得では無理だ。
だから今、エナはジストの感情だけに向き合うことにする。
「血の繋がりになんの意味がある? 今まで関わりなかったんだ、居なくなったところで支障ないじゃない。むしろ、清々するね」
当然のことのように彼は言う。偽らざる彼の本音だ。
「……今まで関わりなかったんだから、血の繋がりの意味の有無なんて、ジスト、わかんないよね?」
今まで交わらない道を歩んできた二人の未来は未知数だ。円満な兄弟関係を築く可能性はジストの性格を見る限り高くなさそうだが、それでもそこにはきっと何らかの意味が生まれるはずだ。
一歩も引かない姿勢を眼差しで伝える。
やや、沈黙が流れる。
「……慈悲深いことで」
やがて彼はそう言って肩を竦めた。
思想に変化があったわけではないだろう。家族という繋がりに目覚めたわけでは決して無い。ただ今回は譲る気になってくれただけだ。
だがそれでもジストはエナの主張を受け入れた。エナちゃんらしいね、と侮蔑ともとれそうな、優しい苦笑を浮かべて。

