そう…。

 だからこんな所にアニエスはいない!



 フェンリルは苦い顔をしながら[アニエス]から離れた。

「お前、気配からして魔物だな!」

 [アニエス]を象った魔物は、ニヤリと口の端を上げて笑った。

【ふふふっ。あのまま私の夢の中に抱かれていればよかったものを…】

 魔物は美しい人魚の姿に変わり、掌を口の前に翳して息を吹きかけた。

 その息は小さなシャボン玉となってフェンリルの身体に張り付いていく。

 フェンリルは腕を振り回し、剥がそうとするが剥がれない。

「くそっ! 何だよコレ!」

【ふふふっ。それは魔力だけを吸い取って私の元へ送り込まれるの。大丈夫、痛くないわ。ただ眠くなるだけだから】

 不気味な笑みをこぼしながら、それはフェンリルの身体を覆いつくした。

【あぁ…何てステキな魔力。私の身体が潤っていくわ…】

 両手を広げ、恍惚とした表情を見せながら、人魚の鱗が艶やかさを増した。