そこで結斗様は私の存在に気付いたのであろう。こちらを向いて驚いた風を見せ、やがて爽やかな笑みを浮かべ「ありがとう」とだけ呟いた。


結斗様は酷い人だ。人に心配ばかりさせ、苛立ち、不安感を抱かせるのにたった1つの爽やかな笑みによって抱いた感情を粉砕してしまうのだ。



「どうかした、静寂?」



「分かっているのでしょう、結斗様。私がこの最後の夜に何を言わんとしているのか」



「さぁ?」



悪戯めいた笑みを浮かべ、再び桜へと視線を戻す結斗様。


桜。私達からしてみればただの桜にすぎないが結斗様―――櫻澤本家の者―――にとってはとてつもなく特別なことくらい私も知っている。結斗様の眼にどのような光景が映し出されているのかも、分かっている。なんたって結斗様護衛となる前に必死こいて学んだのだから。


桜は主の穢れ。浴びた血を吸い取り、花びらへと姿を変え散らす。その光景が結斗の眼に映し出されているのだ。しかもその桜は櫻澤家に属するものの死を予言するらしい。結斗様によるとそれぞれ華色が違い生誕と同時に定められ、その定められた色の花弁が散った瞬間、誰かが死ぬことを示しているらしい。散る枚数が増えれば比例して死へと近付いて行く。