涙は引いていた。
櫻澤家の者には相応しくない優しい涙が。自分のことを思い、泣いてくれる彼女の涙が。変わりにあらわれるのは、驚き。
驚く彼女の視線は俺の掌に下がる。静寂は気付いたのだ。俺の掌の中に収まる紙切れに。それは理事長から貰ったとある場所しか書かれていない紙だ。きっと知っているもの以外には理解不能であろう。それでも彼女は分かったのだろう。
「結斗様、まさかこれって。駄目です。まだ駄目です。結斗様が裏切り者である紅華《くれは》様を葬るための力をつけたいのは分かるわ。
でも結斗様は怪我を負っているのよ。しかも深い。焦っては駄目よ。今は怪我を治す方に専念して。一体誰が結斗様を煽るような真似をしたのよ」
そう来たか。
静寂は思っている以上に心配性で過保護らしい。きっと言えば、鬼のような形相でそのものを殴るか、いたぶるかして帰ってきそうだ。それは駄目だ。曲がりなりにも母親であるし、自分の言葉1つでボロボロになった母親の姿は見たくない。だが今の殺気を放つ静寂の姿は恐ろしく、吐いてしまいそうだ。そう。つい……
