誰があんたになんかに笑うか、と光は吐き捨てる。立花の軽口は昔であればさほど気にならなかったものを、今では鼻についてかなわない。
面白がるような立花を無視して歩き始めると、「まあ、待て」という笑みを含んだ立花の声が投げ掛けられる。
「俺の前を歩くな」
「知るか」
「店の場所も知らないだろう」
「…………」
確かにそうだが、認めるのは気に障る。
恐らく立花は、不快感を露わにする光を見て、笠の下では人知れず笑っているのだろう。そう思えば、にわかに胃がむかつくような気がした。
その時、まるで斬るように、立花の指の腹が光の右肩から左脇にかけて背中に軽く触れる。
そして、指は次第に上へ上がり、ある一点で止まった。
心臓の裏側。
全身に悪寒と震えが走った光は、足元が竦んでしまい、思わずその場に立ち止まってしまう。不用意に動くことなど出来なかった。
「俺と飲むのが楽しみで仕方ないというのは分からなくもないが、女に前を歩かれるのは気に食わない」
下がれ、と淡々と言う立花は、光の着物を強く後ろに引っ張る。光は体勢を崩しながら立花の右隣に引き寄せられた。
山崎以外では、久々に自分の性別を知る者と会ったせいか、自分が男として張る虚勢もまったく意味を為さない。
友であった昔のごとく、近い距離。望んではいけないこと駄目だと思っても、立花に恐怖と懐古を同時に覚えてしまう自分に恥じ入る。
今回は軽口を叩くことは出来そうに無かった。



