「……光」


苦悶に満ちた声を聞き、光ははっとして胸や喉が苦しくなった。彼が意識を取り戻したということは、耐え難い痛みの世界に引きずり戻されるということだ。


「……先生、ごめんなさい……」


先生の逃げろという言葉を聞かないで。

先生を守ると決めたのに守れなくて。

先生を痛みの中に連れ戻してしまって。


涙が止まらず、胸が苦しい。全身が悲しみに染まっている。心臓の痛みに光は嗚咽を繰り返した。


誰よりも強く、誰よりも気高い師は、いつしか無くてはならない光の半身も同然となった。光はそんな彼を失うなど想像だにしなかったのだ。


「……なを、――」


「え……?」


「刀、刀を……」


譫言(うわごと)のように「刀」と繰り返す師を見た光は、唇を噛みしめると、彼の腰に差してあった刀を抜いて手に柄を握らせた。


瀕死の重傷とは思えないほどの強い力で刀を握った彼と、数瞬だけ目が合う。光は泣き出しそうな表情をしながらも、全てを心得た目をしていた。


師を起き上がらせると、光は傷のある師の背中を支える。


しかし、師にその震えが伝わるほど光の手は怯えていた。恐怖に耐えきれず、意味の無い言葉を口から漏らすのみ。


それに気付いた師は、光を優しく見つめると、震える彼女に腕を回す。子供をあやし宥めるように、そっと背中を叩かれた。





俺の命は、この矢武鹿助だけのものだ。
あいつが奪ったわけじゃねえ。





絶え絶えに紡いだ師の声は、肉を割くような音とともに苦しげな息遣いに変わる。


光の背中から弛緩した腕が滑り落ち、次第に息遣いすらも遠退いていく。内臓が傷付いたのか、口の端から血を流す彼は、死の間際で勝ち気に笑い――、


矢武鹿助は自害した。