そして、遂にあの日がやってくる。
――忘れもしない、あの日が。
不審な物音。何かを言い争う男の声。
ついには刀の音までが耳に届いた。
こんな夜に誰か忍び込んだのかと、いよいよ怪しく思った光は、その物音がする部屋に刀を掴み、急いで走る。
ドッ、ドッ――と、早鐘を打つ心臓。
引き戸を開けようと伸ばした指先は、不格好に震えていた。指だけでなく、身体までもがガタガタと震えるのを感じる。
――本当は逃げてしまいたかった。
全てを放り出して、消えてしまいたかった。
恐ろしくて恐ろしくて。何よりも怖くて。
だが、先生の身が安全かどうかは、どうしようもなく気になって、先生を失ってしまうかもしれないという別種の恐ろしさのために、光は一気に戸を引いた。
「先、……」
光の視線は、床から離れない。
夜でも分かる、何かで濡れた床。
その真ん中に伏している先生。
に げ ろ
先生の口が、緩慢に動く。
無声映画でも見ているかのようだった。周りから一切の音が消え、夜であるためか、全てが黒白に彩られたこの部屋には、先生と光、そして血で汚れた刀を持った何者かが立っていた。
近寄ってくる何者か、先生が死に近付いているという事実がこれ以上にないほど恐ろしい。顔が見れずに俯けば、恐怖に捕らわれて目を堅く瞑る。
そして――。



