「あたし、行く所が無いです……本当に、ここにいても良いんですか……?」
「嫌ならいいんだがな」
不機嫌そうに鼻を鳴らす男は、興味なさげに光から視線を逸らした。世話になるのかならないのかを決める権利は、どうやら光にあるようだ。
ぎこちなく「よろしくお願いします……」と言った光は、相手の出方を恐る恐る窺いながら、小さく頭を下げた。
そこで、光は男の名前を知らないことに気付く。迷っていたが、意を決して「あたしは下川光です。……あの、貴方は?」と消え入りそうな声音で尋ねる。
「矢武鹿助だ。好きなように呼べ」
「はい」
光が後に「先生」と呼び、誰よりも信頼した男――矢武鹿助(やたけろくすけ)との共同生活は、こうして幕を開けた。
*
光と鹿助が生活を始めて分かったことは、彼の家は大きく、道場があることであった。そこに、週に三日ほど一人の弟子が訪ねてきて、鹿助と稽古をする。
「早道、こいつは下川光だ。この家に住むことになった。良かったら仲良くしてやれ」
師が光を紹介した時になって、早道という男は、ようやく一瞬だけ光を胡乱げに見やると、すぐに眩しいばかりの笑顔を作って笑う。
「……えらい別嬪さんやなぁ! 俺は早道御太郎っちゅうもんや。よろしゅうな」
「よ、よろしくお願いします」
早道は鹿助を意識しているのであろうか、この時代にはまだ珍しい短髪であった。
歳は二十歳を過ぎだ頃だろう。中性的な顔立ちに、光より頭一つ抜きん出ており、物腰の柔らかさの中に、鋭く危うい輝きが潜んでいた。
何故かは分からないが、光を快く思っていないことを敏感に感じ取り、視線が思わず下がってしまう。
「嫌ならいいんだがな」
不機嫌そうに鼻を鳴らす男は、興味なさげに光から視線を逸らした。世話になるのかならないのかを決める権利は、どうやら光にあるようだ。
ぎこちなく「よろしくお願いします……」と言った光は、相手の出方を恐る恐る窺いながら、小さく頭を下げた。
そこで、光は男の名前を知らないことに気付く。迷っていたが、意を決して「あたしは下川光です。……あの、貴方は?」と消え入りそうな声音で尋ねる。
「矢武鹿助だ。好きなように呼べ」
「はい」
光が後に「先生」と呼び、誰よりも信頼した男――矢武鹿助(やたけろくすけ)との共同生活は、こうして幕を開けた。
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光と鹿助が生活を始めて分かったことは、彼の家は大きく、道場があることであった。そこに、週に三日ほど一人の弟子が訪ねてきて、鹿助と稽古をする。
「早道、こいつは下川光だ。この家に住むことになった。良かったら仲良くしてやれ」
師が光を紹介した時になって、早道という男は、ようやく一瞬だけ光を胡乱げに見やると、すぐに眩しいばかりの笑顔を作って笑う。
「……えらい別嬪さんやなぁ! 俺は早道御太郎っちゅうもんや。よろしゅうな」
「よ、よろしくお願いします」
早道は鹿助を意識しているのであろうか、この時代にはまだ珍しい短髪であった。
歳は二十歳を過ぎだ頃だろう。中性的な顔立ちに、光より頭一つ抜きん出ており、物腰の柔らかさの中に、鋭く危うい輝きが潜んでいた。
何故かは分からないが、光を快く思っていないことを敏感に感じ取り、視線が思わず下がってしまう。



