シャクジの森で〜青龍の涙〜

扉を静かに閉め、アランは深い息を吐きながら瞳を閉じた。



「今彼女はベッドで休んでおる。だが、少しでも異常を感じたならば。許す。すぐさま入室せよ」



扉近くに控えていたシリウスたちに命じ、アランは足早に廊下を進んだ。



出来るならば傍にいたい。

今すぐにでも安全な次国へと旅立ちたい。

だが、まだこの国での仕事は残っているのだ。

危険だからと、それを放り出して出立するわけにはいかない。

王子であることが、全くもって、歯がゆい――――


暫くしてピタリと立ち止まり、窓の外を睨むようにして見る。

刃のような気を孕む視線の先には、山肌を背にして建つ美しい本館がある。

愛しい姿が視界から消えあたたかなオーラが遠くなれば、すぐさま溢れんばかりの殺気が身の内に滾ってくる。



「っ、く――――」



――――パシーーン・・・。



静寂な廊下に、音が反響していく。

アランは壁を平手で打ち、ふつふつとわき上がる感情を制御していた。

そうでもしなければ何をするか自分でもわからない。

が、一度きりではどうにもならず、力加減もせず思いきり平手で壁を殴る。

指先までビリビリと痺れるような痛みが走るがまだまだ気はおさまらない。


このようなもの、エミリーが感じた恐怖や痛みなどとは、全く比べものにならないのだ。



「私は――――っ」



唇を噛み無機質な壁にある自らの手を睨むようにして見、抑えきれない憤りと闘う。



「アラン様!」

「お止め下さい!」



尋常ではない様子を見、シリウスとウォルターが名を呼びながら駆けて来る。



「持ち場を離れてはならぬ!」



アランはそのままの姿勢でシリウスたちを見もせず一喝し、ジンジンとした痺れが消えないまま拳を握り締め、今度は高く振り上げた。

その腕を、「おっと待った!」の声と共に突然背後から伸びてきた手にガシッと掴まれた。



「っ、レオか―――――」



互いの力が拮抗し、腕が小刻みに震える。


アランの凄まじい殺気に触れ、流石のレオナルドも気圧され気味だ。

だが、ここで手を離すわけにはいかない。

放っておけばこのままの状態で本館に行きひと暴れして、ついでに城を制圧してしまいそうだ。

今はアランの右腕であるパトリック兵士長官もいない。自分しか止める者はいないと、腹に力を込め負けないよう気を張り何とか冷静さを保つ。



「止めろ、アラン。落ち着け、手を痛めたらどうするんだ。この先の旅、誰が彼女を守る?」