夏きらら




「志麻子さん、僕の歯ブラシある?」

 洗面所の方では祈のそんな声が聞こえる。

 置き歯ブラシなんてあるのか。

 志麻子と祈の関係がどれくらいのものであるのかはそれで推し量れた。

「僕もしてこよう。早瀬は?」

 早瀬はその中に混ざるのはちょっとためらわれた。

「いいわ。私は隆史たちの後で」

「?ふうん…」

 隆史が行ってしまって、早瀬は昼間海で拾って来た貝殻や珊瑚の欠片を机の上に広げてみた。

 普段あまり見ることのないもの。

 海の中では生きていたもの。

「ガラスの小瓶があるけど?」

 貝殻を見ていて時間が経ってしまったらしい。いつのまにか歯磨きをすませた祈が早瀬の傍らに立っていた。

「祈」

「探してくる。早瀬ちゃん、洗面所使う?空いてるよ」

「うん。…ありがと」

 祈はふんわりしたいつもの祈のままだった。

 こんなふうに…ドキドキなんてしないんだろうか。祈はわかりやすいようでこんなところがわかりにくい。

 ポーチを持って早瀬は洗面所に行き、顔を洗い、歯磨きをすませて戻ってきた。

 カメラのフィルムくらいの小さな小瓶に、祈が細かい貝殻や星砂を入れていた。

 祈はこういう細かい作業をしている姿が何だかすっとはまる。好きなのかもしれない。

「手先、器用そうね」

 褒めると、祈は頷いた。

「そうだね。こういうの楽しい」

 祈の日常に早瀬は興味が湧いた。もっと知りたい、という。

「僕、邪魔?」

 二人の様子を目の当たりにした隆史が、いたたまれない表情を浮かべて訊いてきた。

 早瀬は苦笑する。

「まだ大丈夫」

「ふーん?」

「隆史も好きな子と来られたら良かったわね」

「無理だろう。家族旅行に」

「無理でもないわよ。親父いないんだし。彼女には素知らぬふりで同じ飛行機に乗ってもらうとかね」

「いろいろ考える奴だな。でも無理だよ」

「何で無理なの?」

「無理なものは無理」

 事情があるようだった。彼女自身に理由があるのだろうか。