早瀬はこんな感覚になるのが初めてだった。
嬉しいと苦しいの両方が同じくらいに自分という容れ物を満たしているような。
ずっと祈を見ていると、こぼれて、あふれだしそうだった。
祈の方も早瀬の様子に戸惑っていた。
恋?
──恋しているのだろうか。
「そういう早瀬ちゃんを見ていると、僕も何か変な気分になる」
ふっと祈がはにかんでいるように俯いた。
早瀬は祈がそういう反応をするとは思ってはいなかった。いなかったから──余計に言葉にならない気持ちでいっぱいになって。
「好きになったらどうなるんだろうって、考えてた」
さっきから出口のない感情の中にいた早瀬が、話し始めた。
「一瞬の、日常から切り離された場所に来て、初めて出会う人を好きになってしまったら、その後──元の場所に帰らないといけないのに、その人を連れて帰ることが出来るわけでもないのに、意味があるんだろうかって考えてた」
祈は早瀬の言葉を遠く聞いていた。
辺りでは未だ子供たちに追われている蝉がジジジと鳴いていた。
「早瀬ちゃんの住んでいるところ、ここからどれくらい?」
祈はそう訊いた。
早瀬は飛行機に乗っていた時間を答えた。
時間で考えたら、それくらいかと思われたが、「沖縄なんてそうそう行けない場所」だから早織は隆史と早瀬も連れてきたのだ。
会いたいと思ってすぐに会いに行ける距離だとは考えかねた。
「考えても仕方のないこと話してる?」
早瀬が困ったように微笑すると、祈は少し考えて首をふった。
「…そんなことないよ。早瀬ちゃんがそういう気持ち話してくれなかったら、僕もこんなにはっきりとは意識はしなかった」


