開け放された家には蚊が入り込んで来たので蚊取り線香に火をつけた。
外に出かけるには躊躇する強い西陽。「花火は買いに行くの?」と聞いた早瀬に、祈は「もう少し日が弱くなってからね」。
早瀬の肌が白いので、日に焼けないかと気を遣ってくれたようだった。
家の敷地内から出たところの通りの木陰は風が吹いてきて涼しかったが、「木の近くに寄らない方がいいよ」と祈が言った。
風に吹かれて虫が落ちてくるからだという。
早瀬は逆に好奇心をくすぐられたように、興味を示してきた。
「虫?どんなの?」
祈はきょとんとした。
「見たいの?降ってくるんだよ。糸引いて」
「蜘蛛とは違うんでしょ?」
「違うよ。しらすみたいな小さな虫」
隆史が嫌そうな顔をした。
「虫をわざわざ見たいって…」
「じゃ、隆史は来なくていいわ。祈、ふたりで行こう」
早瀬は楽しいらしい。祈の手を取って、行こう、と引っ張った。
蝉捕りに躍起になっている子供たちがいた。祈と早瀬はそのそばを通り過ぎて行く。子供たちから少し離れたところで、祈が鬱蒼とした木を見上げた。
「これ。ガジュマル。木登りもしやすいけど、虫も落ちてくる」
「ふーん…。祈は虫平気?」
「平気。好きまではいかないけどね。ファーブルみたいに」
「ファーブル?」
「昆虫記書く人」
「知らない。読んでみるわ。本も読むのね、祈」
「うん。時々ね」
「隆史なんか木登りしたことないわよ、あの優等生。虫なんかも苦手だし」
「早瀬ちゃんは?」
「あたしは女の子らしくないことばっかりしてるわね。それで怒られるんだけど」
「ふふ。早瀬ちゃん、見た目綺麗なお嬢様なのに」
「見た目は見た目よ。中身は生意気よ」
「自分で言ってる」
「悪い?」
「全然悪くない」


