「お母さん、着きましたよ」

 隆史が早織に声をかけた。

 飛行機は既に空港に着陸して、ゆっくり移動しているところだった。

 早織が窓の外を見る。鮮やかな空の青。

「まあ、いいお天気。やっぱりお父さんも来たら良かったのに」

 隆史の横で早瀬が無愛想にこぼした。

「──親父はいいよ」

「早瀬さん、言葉遣い」

 早織が柔らかい調子でたしなめる。早瀬は言い直した。

「お父さんはいいよ。──疲れるし」

 勝ち気そうな細面に憂いを落とす。早瀬は父の隆一郎が苦手なのだ。

 夏休みが始まる前のこの時期に親子3人で旅行に来ているのは、本格的にシーズンに入ってしまうと家の方が忙しくなってしまうからである。

 家は料亭と旅館を経営していてこうして親子で出かける機会などほとんどない。

 ただ母の早織は旅が好きで、店で使うものなどを探しに行くという名目で、時々外に出る。

 そうして旅先で出会ってきた器などを、実際に使うのだ。

 今度の旅先は沖縄である。

 早織の旧くからの友人が沖縄に住み始めたらしく、送られてきた琉球紅型の敷物を早織が気に入り、沖縄に行って実際に見てみたいと言い出したのである。

 沖縄なんてそうそう行けるところでもないため、息子と娘の隆史と早瀬も連れてきたわけである。

 隆史と早瀬は二卵性双生児で歳は同じ。現在中学2年で、来年は受験生である。

 明るくて温厚な隆史の方は成績も優秀で、父親の隆一郎にも気に入られていたが、早瀬の方はそうではなかった。

 早瀬もかなり利発な方ではあるのだが、いかんせん気の強さが先行し、厳しくあたる隆一郎に反抗して『女のくせに可愛げがない』と言われてしまうのである。