早瀬も料亭の娘である。
学校の成績は隆史の方が優秀だったが、早瀬は厨房に立たせると強かった。
料理をする時の手際や飲み込みが早いのである。
「早瀬ちゃん、結構力ありますねー」
半分に切られた実をきれいに搾ってゆく早瀬の手つきを見て、祈が褒めた。
「でしょ?祈もだけど。パッと見た感じおっとりしてそうなのに」
「よく言われるー。おっとりはしてるよ」
「でも意外に運動神経良さそうだわ」
「あはは。当たってる。明日見祈の得意教科は体育とか美術とか技術とか家庭科とか、5教科には関係ない教科でーす」
「えー?」
「一応勉強はするけどね。仕方なく」
「仕方なくなんだ。私も仕方なく」
「気が合いますねー」
「学校の勉強ってつまらなくない?私、こういうふうにシークヮーサージュースの作り方とか教えてもらってる方が好きだわ」
「ああ、実際的な物事を学ぶ方が楽しいよね。シークヮーサーの木にはアゲハの幼虫がつきますとか」
「ついてるんだ」
「うん。美味しいものとか綺麗なものほどね。月下美人なんかいい匂いするから、いろいろな虫が」
「月下美人っていうと綺麗なイメージなのに。ちっともロマンティックじゃないわね」
「ふふ。花そのものは綺麗なんだよ。ただ、それにつきものの作用・反作用の仕組みみたいなものがあるってだけで」
「何が綺麗で何が綺麗ではないのかなんて考えてしまうわ」
早瀬が深い一言を漏らすと、祈が早瀬を見た。
「綺麗か綺麗ではないのかなんて直感的なことじゃない?僕は早瀬ちゃん初めて見た時『すごく綺麗な子がいるな』って思ったし」
早瀬は真面目に見つめ返す。
「そんなこと言っても何も出ないわよ」
「ふーん…」
祈は特にこだわってはいない様子だ。
たとえば綺麗な景色を見て素直に『綺麗』と言葉が出る時と同じような感覚でこぼれてきたような言葉だった。
ほんの少し早瀬の中でチクンとした。
祈が言う言葉なら、女の子として意識してくれた『綺麗』だったら良かったのに。
そう思ってしまったのは何故だろう。
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