運命の人

「ああー疲れたぁー。グレースただいま」
「ほ? カレンさん、今日お帰りでしたか」

 朝食の後片付けをしている所へ、カレンが大きな荷物を持って現れた。サングラスを取るとテーブルの上の苺を一粒口に含む。

「一日も早くジャックと話をしたくて。予定を変更して早目に帰って来たのよ」
「おやおやそうでしたか。言って下されば迎えの車を手配致しましたのに」
「ううん、いいの。ジャックを驚かせたかったから。──ねぇ彼は何処? まだ出社していないでしょ?」

 手を伸ばし苺をもう一粒手にとった。

「坊っちゃんは昨日はお戻りになられなかったようですな」

 グレースの言葉に苺を口に運ぶ手が止まる。疲れてはいるものの、何処か浮かれている様子だったカレンの表情がみるみる変わっていった。

「――何処へ行ったの?」

 先ほどまでとは違う一段低いトーンでグレースに問いかけた。

「はて? カナさんを送って行かれたっきりで。坊っちゃんも大人ですからあえてこちらから電話もしませんし」

 片付けに気を取られ、カレンの変化に全く気付いていないグレースは何の悪気も無くありのまま告げた。

「カナ!? 何あの小娘、私がアメリカに帰ってる間にまたジャックにちょっかいだしてたの?」
「いえいえ、カナさんがちょっかい掛けてると言うよりも坊っちゃんが……、あー、コホン」

 お喋りが過ぎたと言わんばかりに、グレースはカレンに背を向けると舌をペロッと出した。そして、トレーにのせた食器を持ちキッチンの中へと逃げ込んだ。

「っ!」

 掌にすっぽりと収まっていた苺は口に運ばれる事も無く、カレンの手の中で握りつぶされる。指の隙間から赤いものが滴り落ちると、カレンの顔に怒りの表情が浮かび上がった。