「あー疲れた! もう流石に帰っていいよね?」
広く閑散としたロビーに革靴とヒールの音がコツコツと鳴り響く。
「いえいえ! まだこの後打ち合わせがありますよ。皆社長の帰りをまっているんですから」
「えぇー!? まだあるの? ……ジュディス、君は僕を殺すつもりじゃないだろうね?」
怪訝そうな顔でジュディスを見つめるジャックに、ジュディスはまるで相手にしていない様な顔つきでジャックを横目で見た。
「年度末ですからね、仕方ありませんよ」
「やれやれ。アメリカでは12月が年度末だから2回も年度末がある様なもんだよ。これじゃあ、おちおちデートの一つも出来やしない」
肩をすくめながら大きな溜息を吐いた。
「あら? お相手いらっしゃるんですか?」
「……。」
ジャックは嫌みのつもりで言ったのだが、当の本人は全く動じていない様子だった。
「あっ、失礼しました」
ジャックに睨まれたジュディスは、片手で口を押さえるとわざとらしく失言したことを詫びた。
「ジュディス。こういう時こそ上手く切り返す技を身につけておかないと、秘書としての資質が問われるよ?」
会話を楽しみながらジャックとジュディスがエレベーターホールへと向かう途中、受付にいる女性がジャックを小声で呼び止めた。
「あ、あの、社長」
「?」
口元を覆うようにして話し辛そうにしているその女性に、首を傾げながらジャックが近づいていく。
「何? どうしたの?」
「あ、あの、さっき社長に会いたいって女性が来られまして。外出中だって言ったら帰ってくるまで待つって言うんですが」
「うん。……で?」
「あの、その、凄く汚らしい格好で……」
女性が一体何が言いたいのかが、どうにも見当がつかない。普通なら“要点を絞って手短に”と言われても仕方がないのだが、心優しいジャックは疑問に思う事を訊ねることにした。
「で、今その女性は?」
受付の女性がちょんちょんと指し示す方向を見ると、ロビーの片隅のガラス越しにじっと佇む叶子の姿が見えた。
「──!」
思わず顔から笑みが零れ落ちる。先ほどまで疲れ切っていたのが嘘の様に、丸くなっていた背筋がピンと伸びた。
「『お掛け下さい』って一応言ったんですが、『ソファーが汚れるから』って言ってずっと立ってるんです。やはり警備員呼んだ方がいいですか?」
まだ受付の女性が説明を続けているのを気にも留めず、窓際にたたずむ叶子にジャックは少しづつ歩みを進める。
「……。」
距離が近づくにつれ、次第に彼女の異変に気が付く。それに合わせてジャックの顔も歪んでいった。
そして、ゆっくりと進めていた歩調を一気に速め、慌てて彼女の名前を呼んだ。
「カナ!」
「──っ、……あ」
ジャックが声を掛けるとビクッと叶子の肩が竦む。振り返った叶子の口唇は赤く腫れあがり、淡い色のスーツは背中もお尻も泥だらけとなりストッキングも無残に破れていた。
「あ、あの、ごめんなさい。急に来ちゃって」
「……。」
何かに怯えるようにして小刻みに震えている叶子。ジャックは何も言わず、羽織っていた自分のコートを脱ぐと顔を俯かせている叶子の肩にそれをかけた。
ジャックと会って余程安心したのか、叶子はそのままジャックの胸に顔を埋めた。ジャックはまだ震えている叶子の肩を包み込むようにして、両手でぐっと抱きしめると、
「もう大丈夫だよ。何も心配しないで」
何も彼女に問い詰める事も無く、叶子の頭をそっと撫で続けた。
広く閑散としたロビーに革靴とヒールの音がコツコツと鳴り響く。
「いえいえ! まだこの後打ち合わせがありますよ。皆社長の帰りをまっているんですから」
「えぇー!? まだあるの? ……ジュディス、君は僕を殺すつもりじゃないだろうね?」
怪訝そうな顔でジュディスを見つめるジャックに、ジュディスはまるで相手にしていない様な顔つきでジャックを横目で見た。
「年度末ですからね、仕方ありませんよ」
「やれやれ。アメリカでは12月が年度末だから2回も年度末がある様なもんだよ。これじゃあ、おちおちデートの一つも出来やしない」
肩をすくめながら大きな溜息を吐いた。
「あら? お相手いらっしゃるんですか?」
「……。」
ジャックは嫌みのつもりで言ったのだが、当の本人は全く動じていない様子だった。
「あっ、失礼しました」
ジャックに睨まれたジュディスは、片手で口を押さえるとわざとらしく失言したことを詫びた。
「ジュディス。こういう時こそ上手く切り返す技を身につけておかないと、秘書としての資質が問われるよ?」
会話を楽しみながらジャックとジュディスがエレベーターホールへと向かう途中、受付にいる女性がジャックを小声で呼び止めた。
「あ、あの、社長」
「?」
口元を覆うようにして話し辛そうにしているその女性に、首を傾げながらジャックが近づいていく。
「何? どうしたの?」
「あ、あの、さっき社長に会いたいって女性が来られまして。外出中だって言ったら帰ってくるまで待つって言うんですが」
「うん。……で?」
「あの、その、凄く汚らしい格好で……」
女性が一体何が言いたいのかが、どうにも見当がつかない。普通なら“要点を絞って手短に”と言われても仕方がないのだが、心優しいジャックは疑問に思う事を訊ねることにした。
「で、今その女性は?」
受付の女性がちょんちょんと指し示す方向を見ると、ロビーの片隅のガラス越しにじっと佇む叶子の姿が見えた。
「──!」
思わず顔から笑みが零れ落ちる。先ほどまで疲れ切っていたのが嘘の様に、丸くなっていた背筋がピンと伸びた。
「『お掛け下さい』って一応言ったんですが、『ソファーが汚れるから』って言ってずっと立ってるんです。やはり警備員呼んだ方がいいですか?」
まだ受付の女性が説明を続けているのを気にも留めず、窓際にたたずむ叶子にジャックは少しづつ歩みを進める。
「……。」
距離が近づくにつれ、次第に彼女の異変に気が付く。それに合わせてジャックの顔も歪んでいった。
そして、ゆっくりと進めていた歩調を一気に速め、慌てて彼女の名前を呼んだ。
「カナ!」
「──っ、……あ」
ジャックが声を掛けるとビクッと叶子の肩が竦む。振り返った叶子の口唇は赤く腫れあがり、淡い色のスーツは背中もお尻も泥だらけとなりストッキングも無残に破れていた。
「あ、あの、ごめんなさい。急に来ちゃって」
「……。」
何かに怯えるようにして小刻みに震えている叶子。ジャックは何も言わず、羽織っていた自分のコートを脱ぐと顔を俯かせている叶子の肩にそれをかけた。
ジャックと会って余程安心したのか、叶子はそのままジャックの胸に顔を埋めた。ジャックはまだ震えている叶子の肩を包み込むようにして、両手でぐっと抱きしめると、
「もう大丈夫だよ。何も心配しないで」
何も彼女に問い詰める事も無く、叶子の頭をそっと撫で続けた。


