いつもの様に薄暗い彼の部屋で、彼の仕事が終わるまで映画を見て過ごしていた。
 彼と関係を持ってから今までと違う事は、隣の部屋のリビングで過ごす事が無くなったと言う事。
 そうした方が彼は仕事をしながらでも叶子と過ごせる。そういう理由ではあるが、きっとそれだけではないのであろうという事は、流石の叶子でも十分判っていた。

「──。」

 とっくに映画は終わっていることにも気付かず、ソファーに座りじっと画面に目を向けている。
 この間、絵里香が言っていた事。それが叶子の頭の中をずっと支配していた。


 ◇◆◇

「……え?」

 絵里香は話辛そうに俯きながら、カクテルピンに刺さっているオリーブをグラスの中でコロコロと転がしている。絵里香が突然発した言葉に、ざわついていた店内の喧騒は叶子の耳には届かず、一気に静寂に変わっていくのが感じられる。

「絵里香?」

 再度呼びかけると、諦めた様に大きく息を吸って叶子を真っ直ぐ見つめた。何を言われるのかとゴクリと息を呑み絵里香の言葉を待った。

「あの人に泣かされた娘を沢山知ってるの。だからカナにはそんな思いさせたくない、──ただそれだけよ」
「ちょっ、ちょっと絵里香、なんなのそれ? ちゃんと話してよ」

 ──絵里香が彼に泣かされた娘を沢山知っている?
 先程まで浮かれていたのが嘘の様に、一気に絶望に包まれた。心臓を急に鷲掴みにされた様な気分になり、ほんの少しの吐き気を覚える。絵里香の口が少し開く度“何かの間違いで有ります様に”と心の中で手を合わせていた。

 絵里香はオリーブをグラスの外に出すと一気にそのカクテルを飲み干した。その様がこれから聞かされる内容を暗示するかのようで、一際大きな緊張感が張り巡らされる。

「実はね──」

 絵里香の口から聞かされた話は、信じられないものだった。
 ジャックは誰が見ても一際目を引く存在で、それは先ほど彼が店内に入って来た時にも証明されている。絵里香の働く店でも勿論同じ様な現象になるそうだ。
 そしてジャックはいつもブロンドの髪の綺麗な女性と二人で来て、どう見ても親密そうな二人の様子を見ても尚、店のスタッフはジャックに夢中になる子が後を絶たない。
 女性を連れて来ているにも拘らず、相手が席を外した時を見計らっては言葉巧みにその女の子達を誘い、飽きたらあっさりと捨てる──。そんな噂があっという間にオーナーの耳に入り、ジャックが来店するとホールの女の子は全て奥へ引っ込めさせられていたのだと言った。

「何? それ? う、噂なんでしょ?」
「そう思いたいカナの気持ちは判るけど。私、何人も捨てられた子を見てきてるのよ。かわいそうに、精神的に参っちゃってる子もいたわ」
「……。」
「大体さ、私なんて裏方だから顔なんて覚えてる方がおかしいと思わない? 根っからの女好きなんだ……よ。――? カナ?」
「え?」

 俯きながら絵里香の話を聞いていた叶子が顔を上げると、絵里香が罰の悪そうな表情を浮かべた。

「やだ、カナ。泣いてるの?」

 絵里香にそう言われて指で頬に触れてみる。自分では気付かぬうちに、涙で頬が濡れていた事に初めて気付いた。

「あれ? なんでだろう……。悲しいわけじゃないのにな」

 拭っても拭っても頬を伝う涙に、叶子は動揺を隠せずにいた。