香月は、弟正美と同時に「全然関係ないし」と声に出した。
「(笑)、正美も良かったの? 出張。正美はパプアニューギニアだっけ? 天国の国? 取材旅行ってゆんだっけ」
「うん。で、昨日から兄さんと同じマンションに住んでる」
「え―、うそぉ。何で?」
「ただにしてやるっていうから」
 正美は白身魚を丁寧に口の中に入れ、すぐに黄色のピーマンもフォークに突き刺した。
「え、国際マンションも兄さんのなの? あれって確か国際ホテルの中にあるんだよね?」
「中というか、隣だな。隣接という方が正しい。だからお前もさっさとそんな所引き払って俺のとこ来い!」
 兄がどこまで手広く経営業を営んでいるのか、全く知らない香月は、あの通りから見ただけの巨大なマンションがまさかこともあろうにこの兄の物になっていたとは思いもよらず、かなりの衝撃だった。
「そんな兄弟みんなで同じマンションなんて嫌だよねえ? 正美?」
 香月は正美を見たが、兄はそれを引き裂くように、
「なーにが嫌だ。安月給の助けになるだろう?」
「え、というかさ。2人同じ部屋じゃないよね? 正美は一人暮らしなの?」
 香月はうっとうしい兄の詮索に気付いて、話題を変えた。
「俺の話を聞け……」
 難しい顔をして、こちらを睨んだが、すぐにその視線は、運ばれてきた追加のワインに移る。どちらかといえば、物よりウェイターを見ている気がした。
 正美はというとただ一人ゆっくりと食事を楽しみに来たようで、いつものことだが、今日も基本的には黙っている。
「で、愛。仕事は?」
 夏生は一目一目確認するように、グラスに注がれたワインをゆっくり手で確認しながら、グラスを持ち上げた。
「最近本社になったんだよー」
「おおー、昇格か」
「んー、多分」
「給料上がったんだろ?」
「うんまあ」
「おめでとう。やったな」
 さすが三兄弟の兄。兄貴らしい一言をふりかけてくれる。
「うん、まあね」
 香月は少し俯いて笑った。
「正美は? こっち帰ってきたら忙しいの? というか、向こうで取材って何してたの?」
 姉の質問攻めに正美は、少し曇った表情を見せ、
「色々……今はちょっと仕事辞めたいなと思うけど」
 と、めずらしく意見を述べた。
「えー、なんでー!? 売れっ子作家が!?」
「今更辞めたって雇ってくれるところなんかないぞ?」
「なんか兄さんのそれやだー、なんか俺は雇わないぞっていう釘打ちみたい」
「ちっ、そんな訳ないだろ! ただ世の中は厳しいぞという釘打ちだ!」