しあわせおばけ


「…なぁ」

囁くような小さな声だったけど、長い沈黙を破るにはじゅうぶんだった。

視線をこちらに向けた妻の目をまっすぐに見て、俺は言った。



「俺、やっぱり再婚とか考えられないよ」



明日香の将来を思うなら、父親が俺みたいな人間である以上、母親は必要だ。

それも、明日香がそういうことを受け入れられるうちにと考えたら、できるだけ早いほうがいい。

そういうことを、妻が死んでから、うっすらと考えてはいた。

もちろんまだ1年も経っていない今は、実行に移す気などさらさらなかったけど、いつかはと思っていた。



でもこうして妻が天使となって俺の前に現れて、その思いはあっさりと消えてしまった。

だって会えるんだから。

死んでも会えるなら、明日香に新しい母親など必要ない。