ダイダロスの翼

川辺の農道は舗装されておらず、丈の長い草むらに2本、くっきりと車の轍が残っていた。

左側の車輪の跡を歩いていた瑞緒は、やがて闇の中から現れた小さな橋へと歩を進めていく。


水田が近くにあるのだろう、蛙の声が大きくなった。

橋を渡り終えると、足裏に当たる固さが先程の岸とは異なっている。

どうやらこちらは舗装されているらしい。


前を歩く少女の足音が、レイノルドの耳を打つ。

規則的なリズムは、どこか時計の針に似ていた。


足元もおぼつかない暗さにも関わらず、その足取りには全く迷いがない。


「……おっと」


不意に現れた段差につまずきかけて、思わず声が漏れる。


「気を付けなさいよ。

この辺り、あまり平らじゃないから」


少女はと言えば、すいすいと器用に歩き続けている。


一言発したきり、全てを把握しきったように無言で歩く彼女は、人というより、辺りへ立ちこめる闇に近い存在だった。


生の気配がしない、無機質な雰囲気。


歩き続ける足は一向に止まらず、まるで歯車のようだとレイノルドは思う。


「今から違反を取り締まるのか」


違反、即射撃。

何の躊躇もなく引き金を引く姿は、容易に想像できた。


闇色に染まった人影へ尋ねると、なんの感慨も感じられない平坦な声が返ってくる。


「違反を取り締まるんじゃないの。

『なくす』のよ」


力強い声は、風のうなりに似ている。

涙も感情も、全てをかっさらっていく残酷な風。


「私達は、取り締まりも罰しもしない。

ただ、違反をなくす。


監視者はそういう存在なのよ。

違反のない世の中にするために、私はここにいるの」


瑞緒の無機質な雰囲気の理由が、レイノルドには分かった気がした。


彼女は人を見ていない。

流れる血にすら気付いていない。

彼女の敵は社会であり、銃口は常に、違反を許す不条理へ向けられている。

彼女の相手は、人ではないのだ。


「お前は……何なんだ?」


闇によく似た静かな声は、何の感情も表さず、ただ事実を紡いでいく。


「私は規則の守護者。

違反をなくす者よ」


それはもはや、人ではない。

まったく違反をしない人などありえない。


高井瑞緒は、そういう意味で人外の存在だった。