「もしかして照れてるの?」
「照れていない。ただ、感謝の言葉なんてあまり言われたことがなかったから……少しばかり驚いただけだ」
本当に? とアンネッテはニヤつく。
呆れたようにため息をつき、離れた。
「さっさと赤ん坊を返すぞ」
すたすたと、宿へ再び歩き始める。
そんなディオンの後ろ姿を眺め、フェイとアンネッテは顔を見合わせて笑った。
( …本当に、ごめんなさい )
扉の前まで辿り着き、ネレイドは赤ん坊を差し出す。
アンネッテがその子を受け取った。悲しい頬笑みを見せ、立ち去ろうとする。
「お前も一緒に来るんだ」
ディオンが言った。
え? と不思議そうな顔する。
( どうして? )
ディオンは扉を開け、中へ入って行く。
返事はなかった。
躊躇(ためら)うように、ネレイドも中へと入る。
ロビーにある長椅子に、赤ん坊の親であるその二人は座っていた。
我が子のことを心配するがゆえに、眠れなかったに違いない。
「坊、や…」
開(ひら)かれた扉に目をやり、アンネッテの胸に抱かれている赤ん坊を見るやいなや、立ち上がった。
赤ん坊を、夫人へと渡す。二人は泣いていた。
「ありがとう」
何度も何度も、そう言った。
「…僕からの頼みがある」
ディオンが口を開く。
頼み?
その場にいる誰もが、胸の内で呟いた。何でも言って下さい、と夫君(ふくん)が言う。


