その時、いずみの視界の先に、二人の人間が飛び込んできた。

 一人は灰色の長い髪を後ろで束ねた、細く背の低い青年。
 何の感情もない、冷ややかな顔。白い肌のためか、無機質な仮面をつけているように見える。
 青年は細身の剣を抜き、高々と振り上げていた。

 そしてもう一人。
 青年の足元で腰を抜かし、剣を見上げる少年。

 みなもと似たような、柔らかでクセのある漆黒の短い髪。
 いつも釣り上がった目の鋭さを、微笑を浮かべて和らげていた、見知った少年だった。

(あれは……もしかして水月?!)

 いずみはハッと息を引き、大きく目を見開く。

 一族の人間とは違うが、水月は『久遠の花』が作った薬を売る商人の子供だった。
 月に一度隠れ里へ来ていた彼に、妹のみなもはとてもよく懐いていた。その事もあり、彼が里へ来た時にはいずみも一緒に遊んでいた。

 どこか飄々とした、冗談好きな少年だった。
 けれど今、その姿はどこにもない。

 血の気の引いた顔を恐怖に歪め、あんぐりと開いた口を戦慄かせている。
 この先、水月の辿る道が容易に想像できた。

 一族の知識も秘密も、彼らに渡す訳にはいかない。
 でも、ここで命を断てば、水月もこのまま殺されてしまう。

 人の命を救うのが薬師なのに、まだ生きている人を見殺しにするなんて――。

 いずみは素早く息を吸い込み、ありったけの声で叫んだ。

「殺さないで! 彼を殺すなら、私も死にます!」

 叫ぶと同時に、青年の剣が振り下ろされる。
 が、水月の額に当たる直前で、青年は手を止めてこちらを見た。

 水月も鈍い動きで顔を向ける。
 目があった瞬間、彼の目から大粒の涙がいくつも溢れ落ちた。

 良かった、間に合って……。
 小さく安堵の息をつき、いずみは短剣を鞘に収め、小走りに水月の元へ駆け寄ろうとした。

「待て、逃げるな!」

 間近に来ていた追手が叫ぶと、青年は首を振って彼を制す。背後からの足音が止まった。

 あの青年が里を襲った中心人物なのだろうか。
 憎い、という感情よりも、淡々とした青年の冷ややかさが怖かった。

 いずみが駆けつけてしゃがむと、水月は顔をくちゃくちゃにして抱きついてきた。

「うわぁぁぁっ! いずみ、オレ、オレ――」

「喚くな小僧。話ができない」

 顔と同じ、感情を一切見せない低い声で青年が口を開く。
 ヒッ、と小さな悲鳴を上げ、水月は全身を震わせ、いずみにしがみついた。