白と黒の鍵盤の上で、彼の指が踊る。

細く長い指に奏でられた音色は私の耳朶を撫で鼓膜を揺らし、胸の奥にじんわりとした火を燈す。

橙色の光が差し込む放課後の音楽室。
彼の手元を特等席で見つめながら、その指が奏でる世界に身を任せるのは私の至福の時間。

繊細に時に大胆に舞い遊ぶ指を受け止め甘い音色で歌うピアノに、嫉妬に似た感情を抱き始めたのは何時の頃からだったろう。

「お前、ほんっとに夜想曲(ノクターン)好きだなあ」

歌い終わったピアノの余韻に彼の声が重なる。ショパンの夜想曲第二番は私のいつものリクエスト。

「だあって、好きなんだもの」

ずっと目を離せずにいる指先に思わず手を伸ばし、触れた。
手を取って無遠慮に観察する私に呆れた視線を向けてはいたけど、彼の指先は無抵抗なままだ。

さりげなく存在を主張する中手骨と関節に仄かな色気を感じる私はおかしいだろうか。