今のところ、それに手をつけてはいない。しかしいずれは飲むのだろう。肉じゃがを、胡瓜の酢の物を、ご飯を、味噌汁を食べながら、どさくさに紛れてオレンジジュースを一口。

これから起こるであろうことを考え、俺は首を振った。

そんな暴挙が許されるはずがない。ちょっとくらい可愛いからって、我が家の平和を脅かす権利など、美奈ちゃんには無いのだ。

これ以上黙って見過ごすことはできない。俺は立ち上がろうと腰を浮かした。が、ふと思いとどまった。

(何も、俺がでしゃばらなくてもいいんじゃないか?)

目の前には親父がいる。

親父は、何といったか、昔の熱血野球アニメに出てくる熱血主人公の、そのまた熱血スパルタ親父に顔が似ている。それだけに、結構厳しいところもあるのだ。

この現状を、いつまでもほっておくことなどあるまい。


勇み足になるところを何とかまぬがれた俺は、腰を落ち着け、親父に視線を送った。

(さぁ親父、もうそろそろ本領発揮だろ? 拳骨か? 平手打ちか? テーブルをひっくり返さなくていいのか?)

期待で胸が膨らむ。しかし、待てども待てども親父は一向に動かない。

俺はおかしい、と首を捻った。

ちらちらと美奈ちゃんの方を気にしている親父は、間違いなくオレンジジュースに気づいている。なのにそれに触れることなく、諦めたような表情をしながら、黙々とご飯を食べている。

(なぜ? どうして何も言おうとしない?)

わけが分からず、俺は答えを求めるように、美奈ちゃんの方を向いた。

美奈ちゃんは、澄ました顔で肉じゃがをつついている。どうもさっきから、肉じゃがばかりを食べてるようだ。バランスの悪い食べ方だ。きっと、食べたい物だけを食べればいいというような育て方をされているのだろう。その他の様子からしても、裕福な家で甘やかされて育ったに違いな――

と、そこで、頭の中に親父の言葉が蘇った。

「上司の娘さんだから、失礼のないようにな」

美奈ちゃんと顔を合わす前に、親父から受けた忠告だ。

(そ、そういうことなのか……)

俺は呆然としてしまった。

親父は、会社の上下関係に縛られて、何も言えないでいるのだ。

一家の大黒柱として、存分にでかい顔をしていたいであろう我が家で、見えない上司の顔色を窺っているのだ。

そんな親父の胸中を察すると、胸が熱くなった。

これでは親父が哀れでならない。

何の為の我が家なのか……。