祇園に到着した翌日の朝。


昨日の昼から寝つづけていた桜太夫は、お腹を空かせて目を覚ました。


が…、ここは祇園。


当然だが、彼女が寝かされていたのは、特別に『太夫の部屋』ではない。単なる『置屋』であり、朝食も、待っていれば出てくる…などということは有り得ない。


桜太夫といえども、ここではまだまだ下っ端ということだ。



朝から、花魅ボケしていてはやっていけないのだと自覚した元・桜太夫は


とりあえず側にあった着物を来て 部屋から出た。

しかし…花魅ぼけからは抜け出しても、まだ寝ぼけていて頭が働かない。

しかも昨日は到着してからすぐに寝たこともあり

建物の構造がイマイチ把握出来ておらず 部屋から出たはいいが、何処に行けばいいのかがさっぱりわからない。


(困ったなぁ…)


とりあえず目の前の階段を降りるかどうかで迷っていたところ…


ふと聞き慣れた声が彼女を呼んだ。


「太夫、お目覚めでありんす…か……じゃなくて、ぇっと〜 お目覚めどすか?…だったかな…?ん?あれれ?」


愛らしく声をかけてきたのは、元・桜太夫の禿、楓であった。


どうやら慣れない花道言葉に戸惑っているらしい。


そう、花道言葉だ…。


京都、祇園では昔からこの花道言葉が使われている。

吉原で言うところの『ありんす言葉』のようなものだが

楓にとっては、やはり随分と違う言葉のようだ。



もっとも、元・桜太夫こと葵。彼女の生まれは伊賀の国。

京都と同じ畿内(関西)に位置する場所であるため、実は多少は分かるのだが…

そこはそれ、
忍者とばれては困るため

表面上は 楓と同じく全く慣れないかのように装わねばなるまい。


何れにせよ 学ばねばならぬことの一つであるには違いないのだ。



楓「太夫、お腹が空いているでありんしょ?朝餉はこちらで…いや、 こちらどす… 。ん…?」



相変わらず語尾が曖昧になってしまう楓だが


とりあえず

食事場まで案内してくれるつもりらしい。