すると、柔らかで自然な笑みを浮かべていた光は、暑さに唸っている原田を見た瞬間、表情が少し堅いものになる。


それを見た山南は、「おや」という気持ちで光を見つめるが、そんな戸惑いを滲ませた光の表情は一時のもので、直ぐに愛想笑いの下に潜り込んでしまったのだった。


例のように黒い着流しを着て、隙が無い魅惑的な笑みで言う。


「本当に暑いですね……。お二人とも体調だけは崩されないように、ぜひお気をつけください。夏風邪を引いたら大変でしょうから」


「そうですよね、気を付けます」


したり顔で頷いた山南だったが、光の態度が少し変わったことを疑問に思っていた。もしかすれば、彼は原田が苦手なのではないか――という考えに至る。


誰にでも態度を変えない――よく言えば平等主義、悪く言ってしまえば誰にも思い入れが無さそうに見える光が、原田に対しては、珍しくも態度がはっきりしない。


(……光さん、彼が苦手なのか……)


その事実には予想もしなかった意外性に満ちていて驚かされたが、同時に山南は奇妙にして大きな安心感を覚えた。


こう言っては原田に悪いのだが、その好悪の表れは、全ての者に対する態度が嘘では無かった証拠でもあったからだ。


「井岡。お前、少しでも涼しくなる方法とか知らねえか? こんなんじゃあ、稽古や巡察に身が入らねえ……」


「さあ。私は知りません」


考える素振りも見せず、つれなく言う光に原田が脱力する。


山南はそんな光の姿を見るのは新鮮で、少しの間だけ茹だるような暑さを忘れていた。