ある猛暑の日の午前。
自分の部屋で暇を持て余していた光は、何の気なしに「暇だな……」と、ため息を吐いて呟くと、ごろんと仰向けになった。


そのまま寝入ろうとする光の元へ、相変わらず足音が無い山崎が近付き、頭の上の方にしゃがみ込むと、光の顔を覗き込む。


「あー……暇なんやったら女装せな」

「…………はっ?」


素っ頓狂な声を上げ、光は素早い動きで上体を起こす。その際、山崎の額と衝突しそうになったが、彼は光を上回る速さで避けた。


「……………女装……?」


光の顔色がサァッと無くなる。それに気付かない山崎ではなかったが、敢えてそのまま頷いてみせた。


光は女だというのに“女装”という言い方をしていることには何も言わない両者。


「せや。監察方で女装出来るんは俺・お前・吉村。潜入したら、女っちゅうだけで警戒心が薄れる。おまけに男やったら、鼻伸ばしてペラペラ喋りよる。

女のお前が一番――」


「無理無理無理無理無理……!」


取れるのではないかと言うほど首を左右に振る。自分の身を掻き抱いて拒絶の意志を露わにすると、光はズササッという勢いで後退した。


その反応を予期していたかのように、呆れた顔をした山崎は、光を逃げられないように襖まで追いつめた。


「――相変わらず何が嫌やねん……。女の格好が嫌な女なんか普通いてへんぞ」


前門の虎(山崎・女装)、後門の狼(襖)。
それは勿論、今の状態では虎の方が、余程腹を空かせていると見える。


「後で直す!」


バーン!という音と共に、光の繰り出した華麗な足技が、部屋の襖を後ろ向き――つまり廊下側に蹴っ倒した。