今からニ月ほど前だろうか。


わたしは、ちょっとした出来事で浪人に連れて行かれそうになったところを、危ういところで一人の侍に助けられた。


黒い羽織を着た、眉目秀麗な男。上流階級を思わせる白い肌や立ち振る舞いに、まるで演劇を見ているような錯覚に陥る。


その涼やかな瞳に柔和な笑みを浮かべていたが、どこか触れれば斬れてしまうような怖さも混在していた。


初めてあの方のお姿を拝見したとき、見たことも無いほど美しい方だと思った。そして、優しい方だとも感じた。


女であるわたしは、京にある島原には行ったことが無いけれど、きっと蝶や花に喩えられる太夫にも劣らないと思う。


わたしは、一応は武家(分家の流れを汲む)の血筋であり、名には名字を頂いている。


今まで名字への思いは無かったが、あの方に名字を名乗れることを誇りに思った。


わたしは武家の血筋なのです、と少しでも興味を引こうとするわたしは滑稽だ。


女のわたしにも丁寧で優しく、あまつさえ礼は不要だと仰るあの方。


その記憶は今まで少しも薄れることなく、強くわたしの脳裏に焼き付いている。