椅子の向きと九十度になるような格好で座り、彼女は頬杖を付いてテレビを見ている。熱心に見つめているが彼女が実際には何も見ていないことを僕は知っている。目も、耳も、きちんとテレビに向けられてはいるのだが、意識がまるで別のところに居るのだ。もしも後で彼女にこの時放送していたニュースの内容を尋ねてみても、きっと答えられはしないだろう。

皿の上のピンクグレープフルーツをやっとの思いで食べ切り、僕は立ち上がって窓を開けた。テーブルの上に光を通す、小さいけれどこの家では一番大きな窓だ。窓を背にして寄りかかり、テーブルの上の煙草とライターを手にとって火を点ける。自分に背を向けて椅子に座る彼女に掛からないようにして煙を吐くと、それはゆらゆらと溶けながら窓の外へと逃げていった。

煙草の匂いに反応したのか、彼女がくるっと振り返る。


「一本ちょうだい」

少し不機嫌そうな声。


「いいけど君の嫌いな銘柄だよ」

煙草とライターを渡すと彼女は「ありがと」と言って受け取り、早速その一本に火を点けた。


「買い忘れたのよ」

煙を吐きながら彼女が言う。


「甘い。舌が変になりそうだわ」

「だから言ったのに」

文句を言いつつも彼女はもう一度煙草に口を付ける。やがて唇から離れた白い巻紙に残った赤は、彼女が愛用している口紅のものだ。化粧を落としていないところを見ると、彼女がこの家に来たのは昨日の夜ではなく今朝か。


「今日の予定は?」

煙を吐いてから僕が聞く。彼女は眠そうな声で答えた。


「仮眠させて。さっきまで付き合わされてたのよ」

「いいよ。打ち上げ?」

「ええ。監督に気に入られちゃって最後まで帰してもらえなかったの」

「よかったじゃない、次は主演かもよ」

「やめてよ、私あの監督キライなの。今回は知り合いの頼みで仕方なく出たけど、次はないわ」

短くなった煙草を灰皿に押し付けて彼女は言った。


「そう」

僕も同じようにして煙草を消す。