「えーと……昔々あるところに――まあそんな昔でもないけど――一人の男の子が居ました。その男の子は毎日空ばかり見ていました。晴れの日も、曇りの日も、雨の日も、雪の日も。彼は空しか見ていませんでした。彼は人と話すのが得意ではありませんでした。空だけが、素直な感情を教えてくれる唯一の友達のような気がしていました。
そんなある日、男の子が空を見ていると、一人の女の子が近付いてきて言いました。
"どうして毎日空を見ているの"。
男の子は答えました。
"たった一人の友達なんだ"。
女の子は言いました。
"私はきみの友達にはなれないの?"
――女の子は男の子のクラスメイトでした。男の子は困って何も言えませんでした。すると女の子が男の子に近付いて手を握り、言いました。
"握手をしたら、もう友達なのよ"。
二人は友達になりました。手を握って空を眺めました。雲の形に名前を付けました。そうやって毎日を過ごしました。
やがて時が経ち二人は大人になりましたが、やっぱり二人は一緒に居ました。毎日空を眺めていました。二人は、もう友達ではありませんでした。握り合った手には、別の意味が含まれていました。二人は恋人同士でした。お互いを大切に思っていました。相変わらず空が好きでした。毎日空の話を「おはよう」と「おやすみ」の代わりに話しました。
かつての女の子は、今はもう美しい女性へと成長していました。かつての男の子は今でも頼りない部分が残っていましたが、彼女への想いは誰にも負けないくらい強く持っていました。
――ある夜、彼女から電話が掛かってきました。青年は眠そうな声をしながらも彼女の話に相槌を打ちます。何でも彼女は"絶望"という夢を見て、怖くなって青年に電話したのだと言います。
青年は、嬉しく思いました。一人きりの夜に真っ先に思い浮かべた人物が自分であること、自分を頼ってくれたこと。そして青年は思うのです。
――ああ、このひととずっと一緒に居たいな。次に怖い夢を見た時は、電話じゃなくて、抱きしめてあげられるくらい近くに居たいな、と」