「……あれ?」
割れた筈のマグカップが元通り彼女の手にしっかりと支えられていた。しかも床には破片ひとつない。
「え? 今……」
「そう。私はマグカップ落としたはずなのに、実際には落ちていない。それにほら、」
落下タイマーが目の前に差し出される。
「針が……、動いてる」
「……ただし、《半時計回り》にね」
10時を指していた針が微かに動いていた。しかも逆方向に。
「どういうこと?」
落下タイマーから視線を外して彼女の顔を覗き込む。その問いに、彼女は神妙な面持ちで答えた。
「針が逆に動く理由は分からないけど……、多分これが、落下タイマーのチカラなのよ」
眉を寄せて落下タイマーを睨むように見つめる彼女の顔は真剣そのものだ。
「昨日、私の家で同じことが起こったの。落としたはずのお皿が落ちてなかったわ」
本当にこの奇妙な時計の能力なのか。目の前でその不思議を見せ付けられておきながら、僕はまだ半信半疑だった。
「その時計を買ったお店で話を聞いてみたら?」
僕の提案に、彼女はすかさず頷いた。
「そのつもり。……でもこれでわかったわ。私の気のせいじゃないってことが」
どこかすっきりした表情で彼女は言った。
「少し、気味が悪いね」
正直な感想を呟くと、彼女は仄かに微笑んだ。
「そう? 私はとても興味深いと思うわ。この時計」
純粋な好奇心を瞳に映す彼女に、僕は苦笑した。


