――振り返らなかった。
……だって、無理じゃん。
こんな顏、見せられない。
必死に嗚咽を殺し、口元を押さえる。
幸いにも、溢れ出した涙は雨と混ざり、拭う手間が省けた。
――大好きだよ。
菜乃子も、悠也も。
ありがとう。ごめんね。
いくら言っても足りないけれど。
力の入らない足をゆっくりと動かし、家へ向かう。
動かしていないと、今にもひざから崩れ落ちてしまいそうだ。
菜乃子と悠也は、今頃家に着いただろうか?
あそこから菜乃子の家は、そう遠くない。
「……ふ、はは……」
無理に口角を上げ、笑顔をつくる。
――大丈夫。
明日からはあたし、悠也の事は“好き”じゃない。
そっと、心に鍵をかけた。