扉をあけて、女性をきつく睨む男。
あ・・・。
私はその男の姿に少し驚いた。
「・・・」
・・・木崎旬だ。
本当にいた。
本当に作業室はここだったんだ。
私は口に含んでいたコーヒーを喉に通し切る。
その拍子に私の喉がごくりと鳴る。
その音だけが切り離されたみたいに・・・、
私の体中・・・
足の爪先から頭の頂点までにも響いた。
そして女性も木崎旬を睨み返して息を吸った。
「黙れじゃない。
ここは店なんだからお客様のことも考えて行動しなさい。」
さっきの高かった声はここにはなく、落ち着いた低音がズンと響く。
木崎旬は呆れたような表情を浮かばせ、
店内を見渡す。
その瞬間、
私と木崎旬の瞳の延長線がバッチリぶつかった。
やば・・・。
目、あっちゃった・・・。
思わず持っていたカップをおとしそうになった。
彼はあ、と声を漏らす。
すると次の瞬間には彼は一歩、足を踏み出していた。
彼は段々に私との距離を縮めるために歩み寄ってくる。
私の方に・・・来てるんだよね?
そう考えている間もどんどん近づいて来る。
一歩一歩の動きまでもがスローモーションに見えて。
また、あの感覚。
あの瞳。
木崎旬の瞳に・・・、
引き込まれるような・・・、
吸い取られるような・・・、
見透かされてるような・・・。
すごくもどかしくて・・・。何か嫌だ。
けど、何かを感じる。
嫌じゃない。
この、胸がザワザワと、
何かが起こりそうな、
そんな予感。
興奮の渦が私の心を巻きこんでいく。
目が離せない。
数秒くらいしか経っていないと思うが、
彼は何分もかけて私の目の前に立った気がした。
私を見下ろす。
私は見上げる。
すると彼はフっと口元をほんの少しだけ緩めた。
私はその瞬間に心臓が飛び跳ねた気がした。
笑った。
木崎旬が笑った。
ほんの少しだけだけど、笑ったんだよ。確実に。
笑わない人なのかと思ってた・・・。
私の心に何か、
知らない感情がジワジワ流れ込んで・・・。
知らなくない・・・“忘れてる感情"だ。
そんな間に私の目の前には木崎旬の片手が差し出されていた。
え・・・。
私は固まる。
彼は呆れた表情を浮かべる。
しかたねぇな、そう言いたげに。
「おいで。」
そう小さく言われると、
目にもとまらぬ速さで私の手をとり、
私を席から掬い上げた。
そして・・・あの扉の中に連れられた。


