「おいで」

まるで恋人を呼ぶようにレベッカを引き寄せ、メーシーは小瓶の蓋を開く。鮮やかなパッションオレンジは、マリも好んで使う色だった。

「君のメイクは誰を参考にしてるの?」
「ん?」
「実は俺の知ってる人だったりして」

わかっているのだけれど、敢えてレベッカの口から言わせたい。
そんなところは、親子でそっくりだった。

「昔、JAGに「マリ」というトップモデルがいました。それはそれは華々しい活躍をしていたにも関わらず、その人は出産のためにモデルを引退してしまいました」

昔話のように語るレベッカは、どこか遠い目をしていて。笑いを噛み殺しながら「へぇ」っと応えるメーシーに顔を近付け、にっこりと笑って見せる。

「マリは専属ヘアメイクだった人と結婚して、とっても幸せに暮らしてるそうですよ」
「んー。ちょっと違うな」
「あれ?どこが?」

昔から「マリの専属ヘアメイク」と勘違いされることは多かったけれど、メーシー自身「専属」になった覚えは無い。なりたいと思ったこともあったし、そうしようかとマリに提案したこともあったけれど、結局そうしないままマリは引退してしまったのだ。

「そのヘアメイクは「専属」じゃなかったらしいよ。聞いた話だけど」
「あら。そうなんだ」

他人のフリをしておどけるメーシーに、レベッカはわざとらしく驚いたフリをして合わせる。

「きっとマリのこと愛してたからそこまでできたのね」
「んー。そうだろうね、きっと」

昔のことだよ。と付け加えるメーシーの頬を、レベッカの細い指先がなぞる。

それだけでドクンと鼓動が跳ねるメーシーは、目の前の息子の友人に想いを傾けかけていた。