ここで時間は少し戻る。
 同日、日が高くなったばかりの頃---。

「ねぇねぇ、あの人、どこの旦那だい?」

「この時分から市を歩いてるってことは、所帯持ちじゃないのかい?」

 ひそひそと、いろいろな店の女将や道行く女子が言葉を交わす。
 その視線は全て、ある大店の前に佇む一人の男に注がれている。

「水菓子を選んでるみたい。もしかしたら、独り者かもよ?」

「あんな良い男、ここいらの人間じゃないよねぇ。一目見たら、忘れないよ」

 男の一挙一動に、その辺の女子が熱い視線を送る。
 そんな中、当の本人は、まとわりつく視線を気にする風でもなく、手に持った瓜を、じっと睨んでいた。

---この中で一番甘そうではあるが、菓子に比べたら微々たるものだ。こんな店、我には用などないのだが---

 ぶつぶつと、心の中で文句を垂れる。
 店には青菜や水菓子の類が所狭しと並んでいるが、男の気を引くような甘味はない。