「引っ込んでな」

 小菊を座敷のほうへ押しやり、狐姫は亡八に向き直る。
 その表情に、小菊はぎくりとする。

 今までも、どこか気高く近づきがたい雰囲気はあったが、今はその比ではない。
 異様な気に包まれた狐姫の瞳は、金色に輝いている。

「伯狸楼の亡八か。報告してないってことは、まだここのことは、誰も知らないってことだねぇ」

 にやりと笑う狐姫に、亡八は震え上がった。
 ただでさえこのようなところに似つかわしくない、浮いた格好である。
 それが不気味さに拍車をかける。

「ばっ化け物っ!」

 わたわたと、亡八がこの場から逃れようとする。
 狐姫は、ふん、と鼻を鳴らし、息を吸い込んだ。

「亡八風情に、化け物呼ばわりされる覚えはないわえ」

 呟き、口を開いた。
 狐姫の口から、何とも言えない音が迸る。
 獣の鳴き声のようだが、何故か頭の中に直接響いてくるようだ。

 杉成が座敷に駆け上がり、蹲った小菊の両耳を塞いだ。
 亡八は呻き声を上げて、頭を押さえている。

「さぁ、とっとと出て行きな。始末してもいいんだが、あんま店先を血で汚しちゃ、旦さんに叱られちまうからね」

 狐姫の言葉に、亡八はまるで操られるように、ふらふらと店の外へと姿を消した。