目を覚ました小菊は、そろ、と身を起こした。
 夕べのことは夢だったのかと思う。
 寝間着は特に乱れていない。

 だが、身を起こしたのは、千之助の部屋である。
 きょろ、と周りを見、とりあえず、自分の部屋に戻って着物を着た。

 不思議な感覚だ。
 夕べのことは、何だか靄がかかったように、ぼんやりとしている。
 寝ぼけて千之助の部屋で寝ていただけ、と言われれば、それだけのことと納得できる。

 が---。

 小菊は帯を締めながら、ちらりと己の下腹部に視線を落とした。
 身体が、とてもすっきりしている。
 身体の奥底に、澱のように溜まっていた気持ちの悪さも、すっかりなくなっているのだ。
 こんなに晴れやかな気持ちは、一体いつ振りだろう。

 階段を下りると、下の座敷に狐姫の姿があった。
 狐姫は小菊を見、そっと唇に指を立てる。
 見ると、狐姫の膝に頭を乗せて、千之助が眠っていた。

 小菊は千之助を起こさないよう、足を忍ばせて奥の小さな炊事場に向かった。
 顔を洗って、朝餉の用意をしようと、あるものを確かめる。
 そこで、ふと小菊は顔を上げた。

「ね、姐さん。もしかして、旦那様は夕べずっと、ここで・・・・・・?」

 もしや狐姫という恋人のいる千之助が、朝まで小菊と寝ているわけにもいかず、あの後早々に二階の布団を小菊に譲ったのかと思い、小菊は申し訳なさそうに言った。
 が、狐姫は、ふふ、と笑っただけで、膝の上の千之助の頭を撫でている。