「ん? えらいきつい香だね。今でこんな匂いだったら、焚いたらえらいことになるんじゃないか?」

 肩越しにくんくんと鼻を動かし、狐姫が言う。
 おっと、と千之助は、狐姫の鼻を押さえた。

「あんま匂うんじゃねぇよ。気付けだからな。何ともなってない奴には、ちょっときついぜ」

「いきなり目覚めさせんのかい」

「ああ。状況を知ろうにも、ここは現場じゃねぇし。現場に行こうにも、もうないからな」

 佐吉の家族の殺害を再現した方法は、実際の事が起こった現場だったからできたことだ。
 周りの壁や床が覚えているものを、ちょっとした力で引き出しただけ。
 伯狸楼が焼け落ちてしまった今、連れ戻されてから小菊に何が起こったかは、わからないのだ。

「本人に聞くしかねぇ。ま、気がついちまえば、何があったかなんて、どうでも良いことだがな」

 言いながら、千之助は香炉を用意する。
 灰に穴を開け、煙管の火を落とし、軽く周りの灰で埋める。
 その上に、小鉢の中の粉末を入れた。

 立ち上がって香炉を小菊の枕元に置くと、千之助は足早に部屋から出、襖を閉める。
 気を失っている者を目覚めさせる香なので、普通に嗅ぐにはきついのだ。