夜。
 千之助は、渋い顔で薬草を磨り潰していた。
 座敷の奥では、狐姫が満面の笑みで油揚げを頬張っている。

「あああ~~美味しい。やっぱり油揚げは、清水だよねぇ。唯一残念なのは、呶々女の味付けが、ちょっと下手くそになってることかねぇ」

 それでもこの上なく嬉しそうに、狐姫は大きな油揚げにかぶりつく。
 そんな狐姫に、千之助は眉間に寄っていた皺を和らげた。

「そんな喜んでもらえると、俺っちも買ってきた甲斐があるってなもんよ」

 手を止めて言う千之助の背に、狐姫は抱きついた。

「ふふ。旦さん、大好きだよ」

「ははっ、よせやぃ」

 久しぶりに二人になれたこともあり、狐姫は思いきり千之助に甘える。
 厳密には、奥にまだ目覚めない二人の邪魔者がいるのだが。

「ね、あいつら、どうすんだい? 男のほうは血が流れすぎたから、気がつくのが遅くなってもわかるけど、小菊は何で目覚めないんだろう?」

 ぺとりと千之助の背に抱きついたまま、狐姫は、ちらりと奥の部屋を見た。
 張り子人形に埋もれるように、布団が二つ並べてある。
 眠る怪我人と病人(?)の周りを、ぐるりと張り子の人形が取り巻いている光景は不気味だ。
 もしかしたら、小菊は目覚めて、また気を失ったのかもしれない。

「ま、そんなこともあるまいなぁ」

 それだったら、どんなに楽か。
 驚いて気を失ったのであれば、放っておけば、そのうち気づく。

 再び渋い顔になって、千之助は手を動かした。
 ごりごりと、小さな鉢の中で、薬草が粉末になっていく。