「・・・・・・わかった」

 頷き、小菫は両手でしっかりと欄干を握ると、意を決して走り出した。
 遊女は裸足だ。
 その分足裏に火傷はするかもしれないが、滑ることはない。

 小菫は、あっという間に隣の男衆らに引き上げられた。

「さて。どうするかね・・・・・・」

 呟いた千之助の背後で、物凄い音がした。
 階段か廊下が、焼け落ちたのだろう。
 廓全体が、みしみしと嫌な音を立て始めた。

「旦那さん・・・・・・」

 不意に、腕の中の桔梗が顔を上げた。

「あちきを捨てて行っとくれ」

 千之助の胸を軽く押し、桔梗は降りようと身体を捻った。
 が、やはりあまり動くと身体が痛むらしく、顔をしかめて丸まる。

「・・・・・・動くんじゃねぇよ。俺っちは、そう力あるほうじゃねぇんだ」

 ぐい、と桔梗を抱き直し、千之助は窓から外を見た。
 ちょうどそのとき、隣の部屋の窓から炎が噴き出した。
 轟音と共に、廓が崩れ始める。
 千之助は、できるだけ窓に駆け寄った。

「九郎助!」

 外に向かって叫んだ途端、さっと風が吹き、風のように黒い狐が走ってくるのが見えた。

「頼む!!」

 一旦腰を落とすと、千之助は渾身の力を込めて、腕の中の桔梗を宙に放り投げた。
 宙で桔梗の襟首を咥えた九郎助は、そのまま走り去る。
 同時に伯狸楼は、再びの轟音と共に崩れ去った。

『旦さんっっっ!!』

 足元が崩れる瞬間、狐姫の声を聞いたような気がする。
 だが姿を捜す暇無く、千之助の身体は炎の海の中に落ちていった。