「残るはあんた、一人だけだ」

 千之助に言われ、楼主は息を呑む。
 冷や汗が滝のように流れ、身体もぶれるほど震えているが、腰を抜かしているわけでもない。
 いや、身体が固まって、へたり込むこともできないのだ。

「何じゃ、あの老人は」

「この見世の主さ。諸悪の根源だな」

 千之助と牙呪丸に向き直られ、楼主は逃げようと、一歩後ずさった。
 が、如何せん蛇男や喋る狐、あり得ない凄惨な現場を見たところだ。
 恐怖で身体は固まってしまっている。
 足がもつれ、そのまま尻餅をついた。

「あああぁぁぁ・・・・・・」

 開けた口から情けない声を漏らし、楼主はずるずると地を這う。

「諸悪の根源だと? お前のせいで、我はこのような目に遭ったわけか」

 牙呪丸が、ずいっと楼主に近づく。
 牙呪丸の言う『このような目』というのは、あくまで着物を裂かれたことだ。
 それははっきり言うと、楼主のせいではないのだが。

 だが牙呪丸にとっては、己が襲われたことよりも、その後呶々女に叱られることのほうが重大事だ。
 怒りに燃える目で、楼主に手を伸ばす。

 がくがくと震える楼主の首に、牙呪丸の手が届きそうになった、そのとき。
 いきなりドォン、という音が響き、ぶわ、と辺りが炎に包まれた。