「やれやれ。全く見事なほどに、呶々女のことしか頭にない奴だな」

 呆れながら言う千之助に、狐姫が、ちらりと視線を送る。

『ちょっと羨ましいね。旦さんも、あれぐらいあちきのこと想ってくれたら嬉しいのに』

「あれほどになっちゃ、きっと狐姫は俺っちに愛想尽かすぜ。鬱陶しいだろ。俺っちは、お前さんに嫌われないよう、我慢してんのさ」

 さらっと軽く言い、千之助は荒れ狂う牙呪丸のほうに足を踏み出した。
 いつもの軽口だとはわかっているが、狐姫はまんざらでもないように、ふふんと鼻を鳴らして、小菊の傍に戻った。

「おい牙呪丸。そろそろお開きだぜ」

 不用意に近づいたら、千之助まで吹っ飛ばされそうだ。
 少し離れたところから声をかけるが、暴れ回る牙呪丸には届かない。

「しょうがねぇなぁ」

 ため息交じりに言い、千之助は、とん、と地を蹴った。
 一回転して、牙呪丸の目の前に降りる。

 そのまま間髪入れずに、牙呪丸の顔の前で指を鳴らす。
 牙呪丸の目が僅かに見開かれ、動きが止まった。

「・・・・・・よし。落ち着いたな」

 千之助の声に、牙呪丸は咥えていた一本の足を、ぺっと吐き出した。

「派手にやったなぁ。皆殺しじゃねぇか」

「我の着物を裂いた報いじゃ。我が呶々女に叱られるのじゃぞ。こやつらのせいで、我がそのような目に遭うなど、殺しても飽きたらぬわ」

 忌々しげに、足元に倒れる片手足のもげた男を踏みつける。
 やれやれ、と息をつきつつ、千之助の目はただ一人立っている楼主に向けられた。