「こらまた珍しい。牙呪丸が怪我するとはね。でも怪我しようが、あいつぁそんなことで、あそこまで激昂しねぇだろ? 見たとこ、そう大した怪我でもねぇし。あれぐらいの怪我なら、いつものように表情も動かんぜ」

 鉄甲で打たれたりしたので、大した怪我じゃないわけはないのだが、それはあくまでヒトであった場合の話だ。
 大蛇である牙呪丸が、それぐらいでくたばるわけはない。
 確かに無傷ではないが、千之助の見たところ、ヒトでいうところのかすり傷みたいなものだ。

 が、牙呪丸はすでに周りのことなど目に入らないほどに激昂し、男たちを屠っている。
 あまりの暴れように、壁が落ち、部屋の中にあった柱は、へし折られている。

「何であんなに怒ってるんだ?」

 己に傷を付けたとか、そういうことでも、牙呪丸の心は、ここまで動かない。
 首を捻る千之助に、狐姫が、また耳打ちした。

『着物を駄目にしたら、呶々女に叱られるだろ』

 がく、と千之助の肩が落ちる。
 どこまでも牙呪丸は呶々女第一だ。
 行動の原理は、全て呶々女に関わっている。

「よくも貴様らあぁぁぁ、我の着物を台無しにしたなああぁぁぁ」

 不気味に叫びながら、牙呪丸は男どもに襲いかかる。
 そんなことを言われても、男たちからしたら『え、そんな理由?』だ。
 もっともすでに息をしている者は僅かだが。