件(くだん)の廓は、上から見たときと変わらず、戸がぴったり閉まっている。

「どうしたもんかな」

 考えつつ、千之助は見世の前に立った。
 幇間の姿も、その辺りにはない。

「ご免よ」

 戸に手をかけ、力を入れる。
 が、戸はびくともしない。
 千之助は気にせず、拳で戸をがんがんと叩いた。

「ちょいとご免よ。今日はお休みかえ」

『だ、旦さん。大胆だねぇ』

 肩の上の狐姫が、ちょっと呆れたように言う。
 どうせもう最終段階だ。
 こそこそする必要もない。

 やがて内側から、閂を外す音がした。

「おぅ、お珍かしいじゃねぇか。この稼ぎ時に見世を閉めるたぁ、何かあったんかい」

 細く開いた戸から顔を覗かせたのは、よぼよぼの爺だ。
 千之助もたまに見たことのある、廓の男衆の一人だ。
 あくまで表の遊女の世話をしている。

「小間物屋か。行商かね」

 千之助の姿を認め、若干ほっとしたように、爺はもう少し戸を開いて言った。