始末屋 妖幻堂

 冷たいとも取れる言葉に、小菊は俯いて唇を噛む。
 狐姫はそんな小菊を気にも留めず、さらっと辺りを見回した。

「ところであんた、何で足抜けしようなんて? まぁ確かに、獣相手なんて冗談事じゃあないけどね。足抜けだって、命がけだ。生きられるなら、何だって受け入れてしまう奴だって多いよ?」

 小菊は何もしないでいるのに落ち着かない様子で、商品を丁寧に拭きながら頷いた。

「伯狸楼の‘裏’は、姐さんの仰るとおり、そういうお姐さんが多いです。‘裏’は‘表’じゃ、ちょっとできないような、普通じゃない戯れをするところですから。吊り上げられたり、棒で打たれたり。でもそういうことも、平気なんですよね」

 逃げ出せば殺される。
 殺されないまでも、相当な折檻は免れない。
 一時苦痛に耐えれば、そのような目に遭わずに済むのだ。

「‘裏’営業なんざしてるのぁ、あそこだけだよ。表沙汰にすりゃ一発だろうに。いや、こんだけ有名なのに放っとかれてるのぁ、あそこの亡八のせいさね。妙な動きをした途端、その辺の川に浮くことになるものね。お上とも通じてる可能性だってある。旦さん、どうする気なんだか」

 息をつく狐姫に、小菊は手にしていた手鏡を握りしめた。
 自分がここにいることがわかれば、あの凶暴な亡八は、小菊だけではない、狐姫や千之助まで手にかけるだろう。
 うかうかと救いの手を差し伸べてくれた小太に頼ってしまったが、己のせいで皆命を落とすことになるかもしれない。

 今更そういうことに気づき、小菊は大きく震えた。
 あまりの震えに、手の中の手鏡が音を立てて床に落ちる。

「ああ、あたしは何て勝手なことを。見世に出される前に一目でも、との想いで飛び出してしまったために、姐さんや旦那様まで・・・・・・」

 項垂れる小菊に、狐姫が少し身を乗り出した。