『こいつ、足腰も立たないほど、色事にのめり込んでやがる。まるであちきに溺れた客みたいだよ』

 ぽかん、と呆れたように、千之助は目の前の塊を眺めた。
 冴に聞いた兄の印象と大分違う。
 近所のかみさん連中にからかわれるほどの奥手だとか言っていたのに。

「ほんとかい? こいつぁかなりの奥手だっていう話だったんだが」

 板の間の中央にある囲炉裏に挿してあった火箸で塵をかき混ぜながら言う千之助にしがみつき、狐姫は、けっと馬鹿にしたように塵を睨む。

『奥手なんて、とんでもない。んにゃ、奥手な奴が色事を知って、どっぷり嵌っちまったのかもしれないけど。とにかく並じゃないよ。もうそのことしか頭にないぐらいだもの』

 気色悪っと悪態をついて、ぷいと顔を背ける。

「狐姫太夫でもなかろうに、ただのヒトの女子に、いくら初心(うぶ)い野郎でも、そこまで溺れるもんかい?」

 納得いかないように言う千之助に、狐姫は、ふふっと笑った。

『旦さんは、女子に溺れることはないってことかい?』

「俺っちが溺れるのは、お前さんだけだぜ」

 いかにも軽口だが、狐姫はまんざらでもないように、ふふんと鼻を鳴らした。
 そして、千之助の腕の中から、もう一度塵のほうに鼻を突き出す。